
date: 2008年01月25日 | text : N島 縦 |RSS|
事務所の乱雑なデスクに座ったまま、うとうと眠りこけていたらしい。西日が顔に当たった眩しさで眼が覚めた。
ボキッ。 バキッ。
立ち上がって腰を鳴らすと、百人町の古い喫茶店から届けさせている自家焙煎のコーヒーを自分で落とし、3杯立て続けに飲み干した。
事務所に女手がいた頃が懐かしい。
まだ重い目蓋をこすりながら、窓からパチンコ屋やラブホのネオンが瞬くのを眺めていた。
夕方5時を回るのを待って、高木に電話をすることにした。
「はい」
意外と力のない声が携帯から漏れてきた。
「おう、タテか」
「ひさしぶりだな」
「ああ」
……沈黙……
「小説、いいじゃねーか」
「おう、そうか?」
「ああ、いいよ。キューブリックの『アイズワイドシャット』みたいな雰囲気で」
「そりゃ最高の賛辞だな」
「ホラーでもねえのに、ゾクゾクしたよ」
「おまえが褒めるなんて珍しいな」
「今までに、読んだことがねえ小説だ」
「そんなに本、読んでないだろ」
「それを言うな」
話すのはほぼ1年ぶりだったが、間隔を感じさせないのが旧知の悪友である。
煙草に火をつける音が微かに聞こえてくる。
「タテは最近、なにやってんだよ?」
「む。いろいろある。今は新宿で社長代行業だ」
「……また捕まるなよ」
「なんでえ、そりゃ」
「おまえと『経営』が結びつくとロクなことにならない」
「これでもなぁ、ヒト様に役立つことをやってんだぜ」
「おまえは東京にいないほうが世の為だ」
俺が九州や東北で隠棲している頃、奴はよく『そのまま土地の人間になれ』と言っていた。
「……でも小説、ちょっと長げーんじゃね?」
「わかってる。だから今削ってるところさ。あと加筆もしている」
高木の声には苦渋が満ちていた。
「で、昨晩から、“4日間貫テツ作業”に突入している」
「ん?原稿書きでか?」
「そう。第三稿だ。たぶんおまえが読んだのは第一稿だ」
「なに? そんなに進んでるのか」
「ああ。前より数段よくなってるハズだ」
「そりゃめでたい」
「……3日後が、デッドラインなんだ」
「締切りか」
「ああ」
「4日貫徹は無理だろー」
「死線だ。やる。やらんと、本が出ねえ」
「思ったよりもハードな状況なんだな」
「“カフェイン”と“モカ”の交互注入で、しのいでいる」
どうりで声に艶がないワケだ。
ちょいと可哀想になった。
が、まぁ生みの苦しみってヤツだな……。
俺は自分が“リポーター”であることを思い出した。
「なかなか大変そうだな。ま、煮詰まったら連絡くれ」
「煮詰まってる」
「おろ」
「かれこれクリスマス前から煮詰まってる……」
おいおい尋常じゃあねえぞ。
「佃煮のようだ。」
「おとと、そりゃ、味薄めねえと」
「うぐぐ」
リリリリリ。
いかん。事務所の電話が鳴った。この時間のは緊急だ。
「わりい。高木、またな」
「ぐぎぎ」
「頑張れよっ」
電話を切った。
ヤツはかなり消耗戦のようである……。
大丈夫か!?
高木敏光!!!
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