
date: 2008年02月01日 | text : N島 縦 |RSS|
「タテさ〜ん」
いつもより甲高い鈴声が、仮眠から起床して間もない俺の耳朶に鳴り響く。でも、耳障りではない。いつものごとく、俺にとっては早朝である午前9時過ぎを狙ったように、I川今日子からの電話だった。
「リポート、有難うございます〜〜」
「ああ」
「製作委員会でも、すっごく好評ですぅ!」
「ふーん。あんなんで、いいーんかい!?」
I川のギャル口調のせいで、非道いおやじギャグが出ちまう。
「あはは、おもしろ〜い、タテさん」
「マリアンヌって口説くの、無理あんのう!?」
「きゃはは」
朝っぱらから馬鹿モノである。
思わず、シャンパンを抜きたくなる。キャバクラ嬢かっての。この女は。
が、I川の声が美しくも心地よいために、わざとらしさや下品さを、ギリギリのところで回避しているのが、俺には新鮮で不思議な体験だった。
「高木も、頑張ってるみたいだな」
「そうですか」
「最終稿は、自信ありげだった」
「調子のよい時は、いいんですけど」
I川は遠い思い出を探り出すように言った。
「波があって、大変なんです」
「ふむ」
「初稿のときも、〆切りに間に合わせるために、ホテルに“缶詰”になってたんです」
「ほう。大作家みてえだな」
「一回目のカンヅメは4泊5日だったんですが、バーボンのボトルを持ち込んだみたいで」
「ありゃ」
「最初は集中していて『するする書けるわ、最高』なんて言ってたんですが、3日目の晩には『詰まった。誰にも会えないし、退屈だー』なんて言い出して」
「おろろ」
「あたしを含めて、いろんな人に電話しまくって『出てこいー』って」
……思い出した。そういや昨年の秋頃、唐突な時間に高木の着信表示と留守電メッセージが入っていたことがあった。再生してみると
「うぉーい、○*a☆_・・・×%$▲∞$♀・・Σжя★!!」
と、なんとも聴き取り不能だったので、どうせ酔っているのだろう、と無視したことがあったっけ。
「あたしが行けたら、よかったんですけど」
「ふむ」
「あたしもヒルズで外せない仕事のパーティがあって」
(……パーティ?)
「終わってから、飛行機に乗れるような時間じゃなかったし」
「カンヅメって、札幌のホテルだったのか」
「『せっかく家じゃないんだから、ハネ伸ばしたい』とか言ってて」
「そーゆうこっちゃないだろ(笑)」
「結局、4日目の晩にホテルから近いススキノのお店で“流血事件”を起こして……」
「ああん!?」
「“立回り”っていうんですか?派手に殴り合いになったらしくって」
「それ、コウのカジノかよ(笑)」
コウとは小説に登場するダーティ・ヒーローである。
「いえ。友人てゆうか、昔の取引相手だった人が相手らしいんですけど……」
「ああ」
「あとで聞いた話では、お二人ともすっごい量を飲んでたらしくて、周りの人や店員さんが止めに入って、大変だったとか」
「原因はなんなんだ?」
「わかりません。『気に入らない』ことが二人の間にあったみたいで…」
I川も当事を思い出してるのか、溜め息まじりだ。沈んだトーンになると、ぐっと色気が出る声色なんだなぁ……。
「その直後なんだと思うんですけどね、電話がきて、泣いてるのか怒ってるのか判らない呂律の回ってない声で」
「うん」
「『おまえが、来てくんないせいらぞ!』って……あたし、なんのことかわからなくって」
「そら、そうだ」
「1週間後にこちら(東京)で会った時には、両手の甲と頬と顎に、赤いアザと痛そうな擦り傷があって……あとは膝も打ち身なんだ、って。 ……それは痛々しかったの」
と言いながら、I川はもうクスクスと笑っていた。
「やれやれ」
「この小説、ここまで来るのに、いろいろあったんです……」
……まさに、血と汗と肉体を張った、ノワール・ノベルというところか。
まったく、ご苦労なこった。身を削るのも、たいがいにせいよな(笑)。
と言うよりも、俺様としては、そんなことなら、もっと早めにリポートさせろ!ってなもんなのである。
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