
date: 2008年02月06日 | text : N島 縦 |RSS|

俺、N島のアタマがようやく起動し温まる時間帯、午後3時の珈琲アワー。
挽き立てのマンデリンを啜っている俺に、今回は高木のほうから電話を寄こした。
「……タテ、なにやってる?」
緊張感に満ちて、切迫した声だった。
「今晩の仕事のダンドリをひとりで作戦会議中だ」
「こっち来てくれないか」
「ああ?」
「事情があって、東京に来ている」
「……ほんとうか?」
「昼過ぎに着いた。で、いま赤坂の、とあるホテルにいる。」
妙に押し殺したような声で、聴き取りにくい。
「どしたんだ?もう最終稿終わったのか?」
「ああ。それより、札幌を離れたかった。ヤバイことがあって」
「んん?」
「いろいろ裏の世界を知ってるおまえに、助けてもらいたい」
「何かあったのか?」
「直接会わないと言えない。とにかく来てくれ」
「それは急すぎるぜ。これから俺は、なぁ大事な……」
「頼む、もう時間が無い。見附についたら電話くれ」
「待てよ。」
一方的に切れた。
1時間後、赤坂見附のベルビー1階の花屋の前に俺はいた。
急遽、商談をキャンセルし、舎弟・第2号に集金業務を頼みこみ、赤坂へやってきた。
高木の身勝手な言い分に最初は放ったらかしを決め込むつもりでいたが、何か胸騒ぎを感じたのだ。
なぁに、2時間くらいで新宿にとって戻れば、大物テナントの家賃値上げ交渉には間に合うサ。
ヤツに電話をする。
「着いたぜ」
「……遅いな。一刻でも早くグランドメロンスホテルに来てくれ。2615号室だ。もう時間が無い」それだけ言って切れた。
ちっ。いったい何だってんだ?追われているとでもいうのか?
溶けかかった雪で歩きにくかったが、早足で俺はメロンスに向かった。
エレベーターの動きがずいぶん緩慢に感じられる。26階についた。
レザーの手袋を嵌めたまま2615号室のベルを鳴らす。
返事が無い。 2度、3度押す。
おかしいな。部屋の中からくぐもったチャイム音は聞こえている。
部屋から出た?煙草でも買いに? ……それとも何かが起こった?
ふっ。まさかなぁ。ノックする? 意味がないよな。
もっと意味がないと知りつつ俺はドアノブのレバーを掴み下ろした。
なぜだ? 動いた。 開いてるぜ。
俺はそろそろと、ゆっくりドアを開いた。
中は思ったより広そうなツインルームで、カーテンが閉まって薄暗い。見たところ室内には誰もいない。が、分量のだいぶ減ったアーリータイムスのハーフボトルがテーブルの上にあり、グラスが二つ。
室内は暖かい。今しがたまで部屋の主はいたはずだ。ヤツの趣味らしい、デコラティブな皮ジャンがベッドの端に無造作に置かれているのが見える。
俺は簡単に開いたドアの錠に細工がないか点検しながら、ゆっくりと柔らかいカーぺットに脚を踏み入れ、部屋に進入した。
何か空気が、おかしい。 これはワナか?
ボディガード専門の警備会社にいた時代に手に入れた、特殊警棒かスタンガンを持ってくるべきだったか?
化粧か、フローラル系の香水の匂いが微かに漂っている。
ここには、女がいたのだ。形跡を求めて、通路左側のバスルームの扉にやや顔を向けたその時、女の声が響いた。
「動かないで」
クローゼット側から右後方の首筋に冷んやりした感触が押し付けられた。
「銃口(チャカ)?」
俺は硬直した。
「ゆっくり3歩歩いて、こちらを見なさい」
女が言うとおりにして部屋の奥に進むと、俺は振り返った。
ニキータに見紛うような長身で美貌のスナイパーがS&Wの45口径を両手で構えて、そこに立っていた。
なんだ!? この状況はぁ。アタマがくらくらした。
「N島、縦ね」
パーン。いきなり発砲音がした。
げ。俺は胸を押えた。
──だが、やけに軽い音だ。
しかも彼女はベッドに銃口を向けていた。
なぬう? エアガンか?
「やーい、びびってやんの。わーい」
バスルームの扉から聴き覚えのある声がして、高木が喜色満面で飛び出した。
……やられた。
緊張がほぐれると共に笑いがこみあげた。
「おまえー、ふざけんなよ。俺の根城の周囲じゃ、コレ洒落にならんぞ」
「まぁまぁ、怒んなくてもいいじゃん」
まったく屈託がない。
俺は力が抜けて、どっかと腰をベッドに下ろした。
「なんでエアガンなんか……」
「ああ、これな、彼女からのプレゼント」
「はじめまして、N島さん。」
痩身の美女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「高木さんが、どうしてもやれっていうもので」はんなりと関西訛りが可愛い。
「紹介するよ。彼女の名はY内希恵さん。俺のエージェントなんだ」
「え? おまえ、エージェントがいるのか?」
「欧米じゃあ、常識らしい。そのほうが作家が書くことに集中できるんだ」
高木は軽く1発、枕を撃った。独特の軽い破裂音が響き、小さなプラスチック弾が弾けた。
「うるせえって」
銃をまた俺に向けた。
「あんぶねぇって」
「でね、正月に原稿で煮詰まって苦しんでたときに、逃避行動でエアガンのサイトばっかり見てたんだよ」
「それ、かなりナイアブなやつだろ」
「そうなんです、『締切りまでに書けたら、ごほうびにエアガン買ってくれ』って」
Y内女史は当事を思い出し、困惑顔である。
「それって、いったいどんな作家だよ」
俺も呆れるばかりだが、高木は意に介しなかった。
「でなあ、今日、サンマーク出版からゲラが上がってきたのよ! この記念すべき日に、彼女、新宿のY橋電機でガンオタに混じって買ってきてくれたのさ」
「どんな、いいエージェントだよ」と俺。
「いちおう、お約束でしたので……でも、もうああいう客層の売場は、いいです。」
「とにかく! 嬉しいぜ。見てくれよ、タテ」
ヤツはA3くらいの紙袋から大判のゲラの束を取り出して見せてくれた。
それは、小説「クリムゾン・ルーム」の初校ゲラというものだった。
本を開いた時の頁全体レイアウトが、リアルにわかる。
「いよいよ本になる、って感じだな?」
高木敏光は内心、満足そうだったが「まだ油断は出来んな。これから校正と、最後の手直しだ」と言って、こんどは酒瓶に発砲した。
「このブローバックが、いいんだよなぁ……」
「だから、うるせえっての」

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