
date: 2008年02月12日 | text : N島 縦 |RSS|
その後、高木敏光は無事、校正と最後の手直しを終え、原稿は出版社に委ねられた。
「クリムゾン・ルーム」は著者の手を離れ、印刷、製本され書店に並ぶ工程に入るわけだ。
最後の手直しで、ほんの少し物語のディティールが変わった。
高木は、書いたばかりの原稿をさっそくメールで送ってくれ、俺に感想と意見を求めた。
作品には、多少ノワールでバイオレンスなシーンがあるのだが、歌舞伎町界隈で生きる俺にその考証を頼みたい、とのことなのだ。
この小説には、なるほど確かに裏社会の人間も登場する。
だが、この小説の舞台は札幌であり、俺の本拠とする新宿とはだいぶ訳が違う。
細かい点をいくつか俺は指摘してやったが、それは小説の大きなテーマやうねり、雰囲気に影響を与えるものでは、まったく無い。
そして、これが最終となる変更箇所と、新たに挿入されたエピソードは、明らかにこの小説の純度を高め、彩りをもたらす効果を果たしていた。
謂わば、真紅のカクテルグラスの縁に最後に乗せられたダークチェリーのようなものだった。
最初に第1稿を読んだとき、どこにもない風味とスパイスに彩られたヌーベルキュイジーヌを試食しているような感覚で、「クリムゾン・ルーム」の味覚と色彩が頭にこびりついて眠れなかった。
滴る肉汁や、濃厚なバターや、ワインヴィネガーや、香草や、ひとつひとつの素材やソースの味は知っていた。だがその組み合わせと調和、盛り付け加減がなんともいえない舌触りなのだ。古くから知っている古典的な味のようでいて、全体の仕上がりは、いまだ食べたことのない斬新な味わいになるのである。
こうして最終の第3稿を読むと、すでにいちど食した経験がベースになっているからだろうか、独特の違和感や刺激の印象は薄れ、何か懐かしいものに触れた安堵感と居場所を得た落ち着きと、一読では伺い知れなかった滋味や旨味のようなものを感じた。
それは、初めてフォアグラやからすみ、ドリアンなんかを食べた若者が、その強烈な味の個性に気圧されつつも味覚神経にレセプターが醸成され、2度目や3度目の食事で虜になる、というようなもんかもしれない。
同時に、このちょっと腹に溜まる長編小説が、何を材料にして、どんな繊細な手捌きで、誰に向けて調理されたものなのかが、少しだけ解った気がした。
———ちょっとだけ、中身を教えてくれって?
まだ、だめだ。
これは、俺だけの特権。 フッフッフ。
さぁ、料理は出来た。 あとは、皆様のテーブルへ届けるまでだ。
ただし、このコースの始まりだけは、もうしばし時間がかかる。
「書店」というインクと紙の匂いが充満した場所で、口に出来るまで、あと少し。
みんな、腹を空かして待っておけよ!
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