
date: 2008年02月15日 | text : N島 縦 |RSS|

近年最大級という寒気のせいで毛布から脱出できず、事務所で二度寝をしてしまった。昼近くに起きた俺は、近くの業務用食料品店に出かけ、タマネギとホールトマトとベーコンをコンソメ、あとは飲料を買いに行った。スープを大量に作ってこの厳冬を乗り切るつもりだった。俺が仕事で外回りをするのは、1日の内でももっとも寒い時間帯なのだ。
そういや事務所のエアコンも調子が悪く、修理を呼ぶ必要があるなぁ。
戻ると、太ったA4判の茶封筒が届いていた。
デスクでビリビリ破くと、どこもかしこも真っ白い、半製品のような本が出てきた。パラパラと頁をめくると、中身も全て何もない‘まっしろしろ助’だ。
最初、I川今日子が、俺に「N島リポート」取材用のメモ帳を送ってきたのかと思った。
と、いうのは冗談だ。
それは、小説「クリムゾン・ルーム」の‘束見本’という代物だった。
が、こんなものをわざわざ送ってきて、いったい俺にどうしろっていうんだ?
いや、‘こんなもの’とは失礼だな。
「束見本(つかみほん)」とは、本に使う紙や口絵・見返し・扉など、実際の仕上がりと同じ材料・ページ数で製本した白紙の見本で、これによって、表紙のデザインをしたりカバーの設計をするのに参考になるわけで、実際に本をカタチしていく現場の人達には、とても重要なもの、ってわけなのだ。
──また一歩、本が完成に近づいた。
ま、そういう実感が持てるのはいいのだが、俺としては、こいつよりは最終のゲラのほうが読みたかった。
確かに貴重には違いないが、空白で埋め尽くされた「のっぺらぼー」では、後々希少価値が出てオークションサイトで高く売れる、って訳でも無いだろし、な。
まったく、I川が何を考えてこれを俺に寄越したのか、不明だった。
……と、よくよく見直してみると、束見本が入っていた茶封筒には切手も消印も、クロネコヤマトのメール便のシールすら貼られていない。
「……これ、誰が持ってきたんだ?」
気味が悪かった。
俺しか居ない事務所には、もちろん答えてくれる声は無かった。
さっき、俺がここから出掛けたわずか10分ほどの間に、コレが郵便受けに入っていた。
ここいら近所では、概ね午前10時頃と午後3時頃が、郵便配達の時間帯であり、俺はビンタツの兄ちゃんとも顔見知りだ。今はちょうどその間の時間帯であって、そもそも配達が来るわけねえし。
……前に原稿が送られてきたときは、どうだったっけなぁ。
俺はさっそくI川今日子に電話をした。
「はーい。 あ、タテさーん!」
相変わらずのラブリーボイスである。ついニヤけてしまう。
「レポート、すんごく反響いいですー。タテさんへのメールもいっぱい来てますよお」
「そーか、そーか」
「まとめて読んでくださいねぇ」
「わかった。ところで、あれ、束見本、ありがとな」
「ああ、見ました?あれ、面白いでしょう。つるつるのまっしろで」
「……そうだな。たっぷり2年分くらいの反省日記が書けそうだな」
「なんか、可愛いので、1冊さし上げようと思ってぇ」
「へ?」
「特に、意味はないんですー」
「……あ、そうなん?」
「それに、いつも忙しいのにリポート出してくださってるので、ささやかなバレンタインのプレゼント。ふふ。」
「こののっぺら本が、か?」
「違いますよう。……見てないんですか?」
「ん……?」
本当だ。本が分厚いので気付かなかったが、エアパッキンで内包されている封筒の下のほうに中身がチョコらしい小さな菓子箱が入っていた。どうりで封筒が大き過ぎるな、と思った。
「わりい! 気付かなかった」
「タテさん、どうせいっぱい貰うんでしょうから、いちばん美味しそうなのを少量チョイスしました。ベタなGODIVAで、ごめんなさい」
「いんや、好きだよ、ゴジバは。やっぱうまいよ」
「よかった。混んでたわー、伊勢丹」
「ん?新宿で買ったのか?」
「はい」
「なら、そんとき、連絡くれればよかったな」
俺は依頼主であるI川にいまだ直接会っていないことに、少し前から違和感を覚えていた。
会っていろいろ周辺の事を聞いておいたほうが、俺としてもやりやすい。
もうひとつは、もちろんI川今日子、本人への興味である。
なんといっても、俺を酔わせるこの声の持ち主だ。俺の想像(妄想か?)がこしらえた彼女の容姿と本物との整合性を、ぜひとも確かめなければならない。
それは単なる欲求というより、遂行すべき使命であった。
「え?……ってゆうと」
「だからサ、俺は大体24時間、新宿界隈にずっといるわけなんで」
「そうですよねー。新宿の顔役ですよねー。すごいなぁ」
「いやぁ、顔役なんてよう、たいしたもんでは。」
「そーですかぁ。歌舞伎町じゃ、タテさん知らないとモグリだって」
「てへへ、苦労絶えないのよ、これでも」
「ほんと、レポートやブログ読んでも大変そう」
「まーなぁ、俺もここしか生きてく場所ないからなー」
……って。そうゆうハナシしとる場合ではない。
「あ、だからね、今度、打ち合わせやらないか?」
「……打合わせ、ですか?」
「そう。ほら今後のレポートの展開、どうするべきか、とかさ」
「大丈夫です〜。タテさん、自由にやってくだされば。それで充分、面白いので〜」
「う……で、でもね、」
「あ! そうそう。真っ白なその本、今ね、装丁を有名な人にデザインしてもらうことになったんですよぉ」
「ん?」
「まだ、言えないんですけど、すごいことだと思うんです!」
「あ、ああ。……そうなのか」
「発表できる段階になったら、また直ぐにお知らせしますね!」
「う、うん。頼むわ」(頼んでる場合じゃねえだろ!)
「じゃ、いい一日をお過ごしください!……甘党だからって、チョコ食べ過ぎないでね〜」
「おう」
切れた。
なにやってんだ、俺は。
またしてもアイツのペースだ。
どうやって束見本をココに届けたのか、それも訊きそびれた。
——なんで、俺と会うのを避けている?
だけど、俺が顔に似合わずスイーツ好きだ、ということまで彼女は知っている。
——そして、届け物は、誰がどうやって?
少なからず、俺は混乱していた。

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