クリムゾン・ルーム公式サイト CRIMSON ROOM

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特別企画 N島リポート"

特別企画 N島リポート

第11回 作家養成ゼミ潜入

date: 2008年02月19日 | text : N島 縦 |RSS

会えない、と思うほど、I川今日子への思いは募った。
……って、これじゃあ俺があの女に惚れてるみたいじゃねえか。
ティーザー広告じゃあ、あるまいし。出し惜しみも程々にしてほしい。
それとも、俺に会えない理由でもあるのか……?
まさか俺が過去に知っている女なのか?
……いや、俺の旧知の女で、あの声を持つ女はいない。

初夏の風鈴を思わせる涼しい声色。
耳の管を転がりながら皮膚や鼓膜をくすぐり、ポチャンと脳髄に墜ちる音の欠片たち。
彼女の口から漏れる言の葉達が、絶え間なく感覚器官から侵入し、頭の深部がチュイユ〜ンと痺れてくるのだ。
声だけで、こんなに気持ちイイとは……。
I川の音声には、何か特別な周波数でも含まれているというのか?
俺は、どちらかというと低めで柔らかいベルベッドヴォイスの女性が好みだったのだ。
その嗜好を見事に覆してしまった快楽のジングル・ヴォイス。
ああ、彼女が囁く歌を聴いてみたい……

だが、I川今日子と会うチャンスは、あっけなく訪れた。
彼女からのメールで、週末金曜の夜、高木敏光が参加していた「カフェリブロ 作家養成ゼミ」なるものがあり、それに是非ご出席くださいとのこと。I川も来るというのだ。
金曜ってえとー……今日、じゃねえかっ!
なんでいつもこう連絡が急なんだ。
俺は夜の集金業務を委託する為、メンバーリストを携帯アドレスから開いた。
‘舎弟3号’が、やっと捕まった。
「えー、やだなぁ。俺、今日デートなんすけどねー」
「どうせキャバ嬢の同伴だろ?」
「ちげーっすよう、今日は彼女は非番ですからー」
「なんだ、やっぱプロじゃねえか」
22時までには戻るから、となんとか彼を説き伏せ、依頼した。
通常の1.5倍も時給をせびられた。

「懐かしいな……ブクロ」
18時を回った頃、池袋の人混みを歩いていた
この街は、7年くらい前に俺が今の‘取立て・剥がし’のノウハウを学んだ土地である。
危ない局面も何度かあり、ほろ苦い思い出が満載だが、今となっては懐かしい。
当事の仲間達や競合相手は、ほとんど霧散してしまって、このあたりの地図も変わったようだ。

サンシャイン通りを突き抜けて、首都高をくぐったところに「リブロ池袋東口店」はある。
リブロは好きな本屋のひとつだが、アジトである新宿に店舗が無いのが寂しいところだ。
書店の奥まったところにこぢんまりしたカフェがあり、そこが会場だった。
「作家養成ゼミ 第7回会場」と小さな案内札が立っていた。

「あ、N島さん」
振り向くと‘美貌のスナイパー’ことY内希恵嬢が立っていた。
今回は拳銃を構えてはいなかった。

彼女の所属するアップルシード・エージェンシーは、書店大手のリブロと共にこの作家養成ゼミの主催者である。話題の出版エージェントと、購買層にもっとも近い先端に位置する書店がタイアップして昨年の6月から開講されているのが「作家養成ゼミ」だ。

彼女の横には、向日葵のように開放された笑顔を湛えて‘南国の少女’という印象の女性がもうひとり。Y内女史の紹介によると、彼女は小説「クリムゾン・ルーム」の版元であるサンマーク出版の担当編集者・K島女史だった。
「あなたがN島さんですか」
「はぁ」
「レポート、拝見しています。思ったとおりの方ですね」
「そりゃあ、どうも」
「そうそう、ニュースがあるんですよ」
「ん?」
「小説『クリムゾン・ルーム』のモニタ募集をやることになりました」
「……と、いうと?」
「パイロット版、っていいますか、上がったばかりの原稿を簡易印刷の‘ゲラ本’というものにして、少人数だけモニター読者を募集するんです」
「……?」
「選ばれた読者は、書店にならぶ前にいち早く『クリムゾン・ルーム』が読めるんです」
「なるほど。そりゃ、嬉しいだろうな」
「ええ、しかも数十冊しか出しませんから、とても貴重ですよ」
「確かに。表紙とか、ちゃんとあるのかい?」
「いえ、たぶん白い表紙にタイトルだけになると思います。けれど、それもかえって希少価値ですよ」
俺の脳内計算機に、1年後のネットオークションの予想落札額がチャリーン、とはじかれたが、今はそんなことを考えている場ではない。
「ファン垂涎のアイテム、ってわけだな」
「ええ。欲しがる人、多いと思いますよ〜〜」

気がつくと、テーブルを会議用にしつらえたカフェ内に、ぞろぞろと人が集まりつつあった。ほとんどが出版業界に携わる編集者や営業担当者、ライター達らしい。
中央の円陣を組んだテーブルの奥に陣取りスタッフを取り仕切っているのが、今や出版エージェントの代名詞となったアップルシードの代表O塚氏。
まさにゼミ形式の体型でテーブルを取り囲むように着席し始めたのが、このゼミからすでに作家デビューを果たしたり、あるいはこれからデビューする個性的な面々である。

……I川今日子は、どこだ?……来てないのか?
俺は来ている女性を素早くチェックしたが、それらしい姿は、ない。

ゼミの開始時刻の19:00間際、高木敏光が現れた。
周囲と軽く挨拶を交わしている高木は、あまりお目に掛かったことのないパリッとしたスーツ姿。上質そうな黒のウールコートを脱ぎながら、着席した。
俺と眼が会い、軽く目配せをした。

つづく

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