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特別企画 N島リポート"

特別企画 N島リポート

第12回 作家養成ゼミ潜入記2、そしてパイロット版

date: 2008年02月22日 | text : N島 縦 |RSS

作家養成ゼミは、およそ2時間半に渡って続いた。
‘熱い’内容だった。
昨年6月から開催されているこのゼミナールから現在、続々と作家達がデビューを果たしている。
既に刊行された何冊かについて、売れ行きや購買層を検証。
またこれから刊行される本について、著者や版元から進捗状況の報告がある。原稿の進み具合、タイトルや装丁の案などについて、議論をし合うのだ。
この演習のスゴイところは、議題の本について直接の当事者ではなくとも、つまり他の出版社や編集者や著者同士が、利害を超えてキタン無く、意見を自由に戦わせる、ということだ。もちろん書店からも容赦ない鋭い指摘・企画案がとぶ。
こんな場所は、他にはおそらく無いだろう。
ゼミ生、つまり新人作家達は、いずれ劣らぬ個性的な面々だった。
クチュールアート・デザイナー、広告会社の部長、某省庁の役人、有名女子大生ブロガー、元ヤクザのカリスマメンター、IT系のぎりぎりイケメン社長、貧乏家庭から東大・ハーバード留学を自力で果たした者……。
それぞれの分野では第一人者だった者、卓抜したアイデアを持っている者、他にはない経歴を持つ、いずれ劣らぬツワモノ達。
昨日までは本屋さんで購入する側だった彼らが、ここから本を出版したときから「作家」となり、明日のベストセラーを生み出してゆくという、黄金のサクセスストーリー。
そこに俺は立ち会った、という気がした。

──そして、高木敏光、である。
ゼミが「クリムゾン・ルーム」」の話題になると、さきほど言葉を交わしたK島女史の隣から、苦み走った笑みを浮かべて色男が立ち上がった。徳永秀明風の目元に、どこかで見憶えがあった。
業界誌「編集会議」で見た、サンマーク出版の高橋編集長その人だった。
彼の口から、やや勿体をつけつつ、小説「クリムゾン・ルーム」の配本日、装丁、販促案などが説明される。
気になっている者も多いだろう。
以下に彼の発言の要旨をまとめよう。

……考えてみりゃあハードカバーでは無いんだな。
が、あれくらいボリュ—ムつーかページ数があると、かえってハードカバーは邪魔かもし
れんな。俺の読後感から言っても、移動中、つまり通勤・通学にも持ち歩いて、ペイパー
バックのように、さんざん読み倒して欲しい、という感じかな。
もちろんそれはこの小説が「軽い」もの、という意味では無い。

高橋編集長はテキパキとプレゼンをこなしていくアドマンのように流暢な語り口だったが、この作品に対する愛情が節々に感じられた。
待ちに待った初稿が出来上がったとき、彼はわざわざ休暇を取り好きな信州の温泉に一人で赴き、誰にも邪魔されない空間を造った上で腰を据えてじっくり読んだ、ということである。後にK島女史から聞いた話だが、そのころ高橋氏は同社のドル箱である某・超ベストセラー作家の作品も抱えており、編集作業が大詰めを迎えていたのにも拘らず「俺はゆっくりとコレを読みたいんだ」と社内に言い残し、周囲の顰蹙をモノともせず温泉に向かった、というのである。この作品に対する彼の意気込みが感じられる話である。

高木敏光は、自分の作品が語られている間、真面目な顔で編集長を見て頷いていたが、時折くすぐったそうな顔で俯いて、テーブルに視線を落としていた。

俺は、あらためてI川今日子を探してみた。
すると、一人の女に眼が吸い寄せられた。
俺が座っている席とちょうど対角線上に、WEB&GRAPHICデザイナーのE垣さんが来ているのは気付いていた。彼女は株式会社タカギズムの少数精鋭スタッフの一人で、かなり前に高木の紹介でいちど会ったことがある。頭の回転が早く機転が効き、デサインの腕もシャープなキャリアガールである。彼女の隣はゼミが始まった時、確か空席だったはずだ。それがいつの間にか、眉目秀麗な女性が鎮座しているのである。柔らかなウェーブを描く黒のロングヘアー、透き通る肌の白さと潤みがちな大きな瞳は周囲にオーラを放っていた。
……I川か!? 
俺は色めきたった。
すこうし、俺のイメージとは違っていた。
……だが、声から思い描くイメージ映像には、今までの人生で随分と裏切られてきたものだ。コールセンターのオペレーターレディ然り、トップ営業マン時代の取引先の受付嬢も然り。
あの鈴声を発するには、やや彼女は大人っぽく艶女(アデージョ)で、色気があり過ぎないか?
だが、美女には違いない。俺はいまこの瞬間にもE垣さんの傍にいって、彼女を紹介してもらいたい衝動に駆られた。

……が、まだゼミは終わっていない。高橋編集長の話は佳境だった。

そして「クリムゾン・ルーム」プロモーションの実験的な試みとして、例の‘パイロット版’限定配布の概要が、最後に語られた。

……これは、主人公・高木敏光がデジタルクリエイターではなく大型旅客機の機長という設定になる話。栄光の絶頂期を過ぎたパイロット・高木が、操縦意欲の枯渇を過度の飲酒で誤魔化しつつ、引退を決意した最後のフライトで北ウィングから飛び立ち、パリへ到着するまでを濃厚に描くエアロミステリーである。地上勤務を言い渡され、精神とともに機体も失墜の危機にあった高木機長が、美人フライトアテンダントのマリアンヌ、桐子らと機上不倫の疑惑を受けながら、乱気流との遭遇、アル中の幻覚による操縦不能の事態、右の主翼に舞い降りた羽根の生えた悪魔との遭遇、そして最大の見せ場は、サイコな乗っ取り犯‘K’が柳刃包丁で乗客を人質にとり真っ赤な洗面所に立て篭もり機内は空前の大パニックに陥る……等々、アクションシーンを満載した航路を描く、渾身のスピンアウト・バージョン、それが『クリムゾン・ルーム─パイロット版─』である……。

───と、いうのは真っ赤な嘘である。 失礼。
すまん、高木よ。
& クリムゾン・ルーム製作委員会の面々、関係者の方々。
だってサ、ゼミがあまりに真面目で、熱すぎて、なかなか終わらなくて、ちょっと俺は焦れちまったんだゼ。
……もう話が、アタマに、入らない。

早く、向かいの女に話しかけたい。
彼女がI川なのか? 違うのか? 確かめたかった。

つづく

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