
date: 2008年03月05日 | text : N島 縦 |RSS|
受話器の向こうで、I川今日子が話し続けた。
「でね、役員サンが、白い手袋をした運転手さんに『赤坂へやってくれ』って。外苑東通りは混んでたけど、車の中はとっても静かで。なんだかあたし心臓がバクバクしてきちゃったの……。しばらく無言だったんだけど、途中カーブで膝の上からあたしのコートがパサッ、て落ちたの。それを拾ってくれながら、役員サン、ミニのスーツの膝上から私の足を舐めるように見て『キレイな脚だ……。やはり私の思ったとおり……』なーんて、言うの!」
「うが。エロいな」
「それが、不思議と嫌な感じもしなくって」
「おいおい……」
これ以上、聞いてる俺のハートをいたぶらないでくれ。
「あっという間に車はグランドプリンスの駐車場へ入って」
「くーっ。やっぱりホテルか」
「エレベーターで、たしか24階だったかな?役員サンて、宝田明に似ててすっごく上等そうなヘリンボーンのコートとスーツを着てたんだけど、明るいところで見ると白髪が目立ってた」
「逃げようとは、思わなかったのか?」
「ふふ。不思議よね。途中から、ちょっと興味も出てきて」
「なんだよ〜、それは」
「だってその役員サン、もう50代も後半っていう感じだし、そういうギラギラした感じでもないのかな〜、って」
「関係あるかよー、歳なんて」
「でね、部屋に入ったら、これが快適なスイートなのよ。ゆったり座れるソファーと、綺麗な夜景……あたしの部屋の3倍以上あるし、なんだか楽しくなってきて」
「………」
「『シャンパーニュでも飲むかい?』って言うから『頂いちゃおうかな』って。ブルーノ・バイヤールってゆうのが出てきて、彼が手早くふたつのグラスにいれて、カチン。すんごく滑らかでバラの香りがするのよ〜、タテさん」
「なに、二人で雰囲気、出してるんだよ」
「で、ホッと、ひと息ついたら、急に彼がぐいっと近づいてきて」
「むむっ」
「あたしの肩をつかんで『さ、脱げ』って。」
「き、来やがったか」
「えっ、て思わず、あたし身を引いたんです。まさかそんなにストレートにくるとは思ってなかったし」
「ううう」
「そしたら彼、『はっ』って驚いたような顔で飛び退いて、口をパクパクさせてるの。だから、『あたしは会社のビジネスの、大口契約の、‘生贄’ですか?』って言ったんです。彼がじりじり後ずさりしているのに追い討ちをかけるように『それに、こういうの、今どき流行らないと思います!』ってびしっと言ってやったんです」
「おお、よく言った」
「そうしたらいきなり目が吊り上って、カッと怒ったような声で『そんなことはない!』って。くるりと後ろを向いて大股で隣の部屋へ消えちゃったんです。あたし事態がよく呑み込めなくて。でも、すぐに両手でいっぱいのスーツやバッグを抱えて役員サンが登場してきたの。で、『これはヨーロッパでもすでに大流行の兆しだ、この夏のマストアイテムだ!』って。どさっと投げ出した洋服の中には、さっきのパーティで見た春夏のスーツやワンピが……。これって新しいコスプレ?……あっ、でもこのレースのワンピ可愛い……。綺麗なピンクのスーツ……って、あたしすっかり目を奪われちゃって……」
「はぁ〜?」
「『君は11号くらいだろ?サイズは42だな。早く着てみろ』って言われて『……』『あ、そうか、私はあっちに行っている』って、また隣の部屋に消えて。あたしは‘覗かれてるかも?’なんて思ったけど、なんだかウキウキで、いちばん綺麗なフラワープリントのワンピースにチェリーレッドのサンダルを、ちゃちゃっと着替えちゃって、姿見に映して楽しんでいたの。そうしたら役員サンがいつの間にかうっとりした目で近寄ってきていたの。彼、ガクッと膝を床について、ウルウルした眼で私を下から見上げて『思ったとおりだ……美しい……』って」
「そ、それでどうなった」
「……それで?ベッドルームに連れてかれて、10着くらい、とっかえひっかえ着せかえ人形で。ファッションショーみたいに、ね。あたしが着たスーツやニット、それからバッグやポーチ、サンダルまで、いっぱいもらって帰りました」
「……帰ったぁ?」
「ウン。未発表の秋冬ものサンプル品まで入れて、大っきなダンボールにてんこ盛り。ベルボーイを呼んで台車で車まで運んでもらったの。トランクと後部座席にぎゅうぎゅうに詰め込んで、運転手さんが、あたしの家まで送ってくれた」
「そンだけ?」
「うん。今日は、本当に楽しかった。君に着てもらえて嬉しい。ぜひしっかりとPRしてほしい、って最後にぎゅっとハグされたわ」
「ほかに、何も、なかったのか?」
「ウン、期待してたようなことは、なーんにも」
「期待って、おまえー」
「冗談よ。うふふ。……そういえば、いちばん最初の服を着たときに、彼、目がウルウルしちゃって四つん這いになって、あたしの足の甲に頬刷りしてたわ」
「変態じゃねーか」
「ううん、彼がそうしても、不思議といやらしい感じがないの。……きっとシタゴコロがまったく無いからなのね」
そんな、嘘だろ……と言いかけて飲み込んだ。
「後で上司に聞いたらね、役員サンは、もともとパタンナー出身のバリバリのデザイナーで、洋服のシルエットに異常なこだわりを持ってブランド内でも有名な職人だったそうなの……そういえば、私を見ているときも、どっちかとゆうと首から下ばかりを見ていたわ……」
肩の力がいっきに抜けてしまった。
ふーっ、やれやれ。
なんでこの女には、こういつもハラハラさせられるんだ……。
まだ会っても、いないってのに。
「そう、それでね。帰り道、高木さん携帯には電話したのよ。今から行けるかしら、って」
元々はその話だった。すっかり頭のネジが飛んでしまった。
「でも、出なかったの、ずーっと留守電で」
「俺に、かけりゃよかったじゃないか」
「タテさん、ゼミに出席できてるとは思わなかったんだもん。だって夜がお仕事なの知ってるし、あたしが連絡したのも当日だったから」
「しっかり、行ったんだゼ」
「そうなのね、嬉しいナ。面白い集まりでしょう?」
「まーなー。でも、おまえに会えると思ってたんだゾ」
「……えへへ。それは、また今度ね」
彼女は、意味ありげに笑った。
「そうそう。「クリムゾン・ルーム」のパイロット版、いえ正式にはゲラ本というのだけど、タテさんの分も送るからね」
「ああ、頼むよ」
「コレ、本当に貴重品よ。役員サンにもらった○○ダのサンプル品より価値あるわ」
……そうだった。
これは高木敏光の小説「クリムゾン・ルーム」のリポートだったんだっけ。
ん?ちっともリポートになっていない?
……確かに。
リポーター、やめようかなぁ、俺。
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