
date: 2008年03月11日 | text : N島 縦 |RSS|
「そうか、ラクそうに見えて、小説家ってのも、キツイ商売だなぁ」
「結局、最後は誰にも頼れないしな。これでメシ食ってる作家先生たち『偉い』と心底から思ったよ」
「でも、評判の料理店ていうから入ってみたら思いきりハズレだった、みたいな味の小説もあんじゃん?世間に出てる本の全部が全部、完ペキつーか、美しい文章で書かれてるワケでもないやろ?」
「……全部、美しくないとダメだと思うよ」
……ヤツのアーチスト魂を見た、という気がした。
そのあと高木、E垣さんと、新居から徒歩2分の位置にある気取らないダイニングバーに出掛け、フィッシュ&チップスなどを軽く食らげた。
五十歳がらみのマスターは、客よりも酔いどれたような足取りで緩慢に給仕をする様子がなんともユルくて、いい感じだった。そのオヤジから、既に高木は常連として扱われており、オーダーのやりとりにはすでに‘あうん’の呼吸があった。
ヤツって、この街に来てまだ1週間も経ってないハズなんだがなぁ。ふっ。
「そうだ」
別れ際に、俺は大事なことを高木に尋ねた。
危うくまた忘れるところだった。危ねえ、危ねえ。
「……I川今日子、ってよ」
「おお」
「おまえのなんなん?」
「ファンだよ。ブログでたてつづけに小説を書き飛ばしていた頃に、現われた」
高木も、少し記憶を探り出している表情だ。
「で、『あたし、製作委員会を立ち上げます! いずれ映画化もして、世界にも発信します。ゲーム版のほうみたいに、いろんな国の人に楽しんでもらう』なーんて言ってる、可愛いコだ」
「最近会ったか?」
「いや。ここんとこ会社の仕事が忙しいとかで……ただ、俺が今回上京した次の日には、お祝いっていうんで、花が家に届いてたな」
「……そうか」
本当は、I川はいい女か?そーでもないのか?容姿は?ファッションは?……といろいろ情報を訊き出したい気持ちもあったのだが、俺は言葉をそこまでに留めた。
自分の眼で確かめねばならない。
ここまで状況を引っ張ったからには、俺の五感をフルに使って、ナマで彼女の正体を捉えなければならない。
なぜだか、そんな気分だった。
新宿の事務所に戻ると、そのI川からの留守電。
俺が彼女の声をイタク気に入ってるのを知ってか、彼女は連絡事項があるとき、たいていの場合メールでなく留守電に吹き込んでくる。
……どうせなら携帯にくれりゃ、もっと嬉しいんだが。
留守録再生。
「タ、テ、サ、ン! ゲラ本と一緒にぃ、カバー見本も送っておいたよ。それから、ゲラ本贈った人からの感想も、そろそろブログなんかにあがってきてるから、読んでみてねぇ。じゃあ、まったねー」
はっきり言って、ベタな‘ぶりぶり’トークであり、アニメ声優か、おまいは!? である。
が、彼女のそういった言葉遣いには、不思議と嫌味がないのだ。
しかも、いつのまにか、タメグチになってるゾ。
なんなんだ、コイツは。
はっ。
俺はいま、重要な事実に気付いた。
先日から固定電話機の留守電メモリに彼女の声が3件ほど溜まっているのだが、俺はそれを消していない。
意図したわけではない。
無意識に、俺の人差し指が消去ボタンを押せなくなっているのである……。
もはや、俺は‘声ヲタ’と化しているのかっ!?
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