クリムゾン・ルーム公式サイト CRIMSON ROOM

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特別企画 N島リポート"

特別企画 N島リポート

第26回 探す男

date: 2008年04月12日 | text : N島 縦 |RSS

やっかいな俺の頼みをいつも聞いてくれる舎弟のアキラは、以前ヤミ金融に勤めていた経歴があって、今の俺などより、もっとキワどい取立てや、追い込みをやっていた。
そのため、信用調査や人間の捜索が必要なとき、その手段について市井の人間は知らない裏ルートの手口を知っていた。
今回も、ある機関に頼んでI川今日子のIP電話番号から、普通判り得ない住所を正確に割り出してくれた。もちろん費用も発生している。それに50%上乗せした額をアキラの口座には振り込んでやった。
通常、俺がここまでするのは、本業の追い込みの時か、よほど必要に迫られた時のみである。I川のとの関係は、いちおうレポートという不思議なものを請け負っていたとはいえ俺にとっては趣味の延長みたいな仕事であり、プライベートの範疇に入る人間関係のつもりだった。
知ってのとおり、彼女との接触がなかなか実現しない状態が続いて、いささか閉口していたが、わざわざ調査する気などもちろん、なかった。
ごく自然に、彼女の素性が次第に判ってくるといい。普通の男女の出会いなら、それが当たり前だし、少しずつ相手を知ることに、喜びがあるし、風情がある。
しかし、事態はその様相を変えてきたのである。
いまや、彼女は行方不明者なのだ。

聞くとアキラは、すでに現地に赴き、そのマンションを確認してきたという。
そこまでは頼んでいなかったので、俺は思わず唾を呑んだ。
「居そうだったか?」
「いえ、それが部屋番号の303号室、ずっと不在っぽかったっスよ」
「……なんでわかる?」
「1階のポストに、郵便物やチラシがけっこう溜まってるんス」
「ふむ」
「あの地域のことはよくわかんねえスけど、俺の経験からすると、あのチラシのたまり具合は、10日間くらいは家に帰ってないんじゃないっスか?」
I川から連絡が途絶えて既に2週間が経つ。もし家に帰っていないのであれば、状況は符合する。

俺は、並行して別ルートから動いていた。
彼女の勤める会社を突きとめる為、例の作家養成ゼミに出席した際に挨拶を交わした数少ない人々にコンタクトをとりまくっていた。
みんな出版業界に携わる分刻みに忙しい人ばかりである。だが、高木敏光の友人という効果か、あるいはゼミ生としての連帯感からなのか、快く質問に応えてくれた。その中で、最後に電話したS出版社のK崎さんというクレバーな敏腕編集者の方だけが、唯一のヒントを持っていた。
彼曰く「I 川今日子さんは、結局2度しかゼミに来ていない」「いずれも2次会の飲み会には不参加」「名刺は名前と電話番号、メールアドレスのみ」ということだった。そして彼女の2度目のゼミ参加のときに、やはり仕事があって2次会を辞退したK崎さんが、池袋駅までの帰り道15分ほど一緒に歩いた、というのである。高木敏光についての話や、出版業界についての世間話に終始し、彼女についての話題にはあまりならなかったというのだが、彼女はこれから築地にある自分の会社に戻る、と言ったというのである。
これは有力な情報だ。
「いや、助かりました。電話してよかった」
「連絡が取れないんですか?」
「ここんとこ、そうなんです」
「心配ですね」
「あまりにも情報が少なくて、ね」
「無事だといいんですが……。可愛い方ですよね、I川さん」
「あ、う、ええ……」
なにしろ俺は、彼女に会っていないのだ。

「あ、そうそう。ところで『クリムゾン・ルーム』のリブロ購入者限定特典、ついに公開されましたね!」
「……あ、そうなの?」
「やだなぁ、N島さんが知らなくてどうするんですか」
「そ、そうだな、失礼」
そういう最新情報を、常に俺に伝えてくれていたのがI川なのである。
「楽しめますよ〜。久々に高木さんの新作ムービーをネットで観たなぁ、って感じです」
「……さっそく見てみるよ」
「しかも、リブロ特典ってこれだけじゃなくて、この先も別の特典がこのHPに追加されるっていうんですよ。そんな特典、初めてですよ。嬉しいなぁ」
「ふむ、ふむ」
俺が感心していて、どうする。
「昨日、たまたまリブロの渋谷店に寄ったんですが、店長さんと話したら、出足好調みたいですよ、売れ行き」
「そうか……」
「ま、僕の仕事には全っ然、関係ないんですけど、ね」
そういってK崎さんは、明るく笑った。

俺は丁重に礼を言って電話を切ると、すぐにPC画面を開いた。
高木制作の「クリムゾン・ルーム」リブロ特典を見る前に、調べ物をしたかった。
I川今日子の勤務する会社だ。
‘築地にあるPR会社’ということなら、限られてくる。
これはイケルぞ。
ほどなく、11社の会社がネット情報から浮かんだ。周辺業種を含めるともっと多くの企業が候補にあがるのだが、まずはPRを事業ドメインに掲げているところから絞った。
駄目ならもっと拡げてリストアップすればいい。まずは動いてみなければ始まらない。

俺は初めて観る特典ムービーを再生しつつ、PR会社に電話をしていった。
雲の浮かぶ青空を背景に、奇妙なダンスを踊る3体の男……
出だしで、プリンス御大の名作PV「mountain」を思い出し、ニヤリとする。
ゲーム版「クリムゾン・ルーム」のプレイヤーなら言わずと知れた『踊る男』のムービーの、これは完全版である。オリジナルではもっと長いアニメーションだったらしい。つまり、このムービーが完全版だというよりも、ゲーム内で壁に映し出される作品のほうがダイジェスト版ということか……。
今回は原盤にさらにアレンジを加え、TAKAGISMブランドお馴染みのポップかつ毒気のある不思議なアニメーション・クリップに仕上がっている。

俺は、『踊る男』をBGVに、11社の代表電話番号に電話をかけまくった。
——結果は全て、空振り。
「当社には、そのような名前の女性社員・スタッフはおりませんが……」
それに類する応答を、何度も聞かされた。
期待が思いっきりシボんでいく。
………。

待てよ。
俺は、前提条件が覆えることに、思い当たった。
「そもそも‘I 川今日子’は、本名なのか?」
こんなにまで素性を明らかにせず、謎の多いI川のことだ。偽名を使っているという可能性も有り得るのではないか。
現にアキラが現調に行ってくれたマンションには、ポストにも部屋の扉にも姓名の表示は無かった、と言っている。彼女の名前がI川であるという確証は無いのだ。
本名じゃないとすれば、勤務先に訊いても判るわけがない。

なんとか辿り着いた住所には不在。
勤務先も、今のままでは調べようがない。
ふう。
やはり俺が出向くしか、ないな。
春日町のマンションに、行ってみよう。

俺はムービー『踊る男』をエンドレスに眺めていた。
何かに憑かれたように、酩酊したような男の奇妙なダンスが続いている。

‘可愛い人ですよね’……
K崎さんの言葉が、これもエンドレスに脳内でリピートされた……。
可愛い女なのか、おまえは、やっぱり。

つづく

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