クリムゾン・ルーム公式サイト CRIMSON ROOM

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特別企画 N島リポート"

特別企画 N島リポート

第27回 春の雨に抱かれて

date: 2008年04月16日 | text : N島 縦 |RSS

そろそろ高木敏光の媒体露出が始まったようだ。
まず皮切りは、日曜日の産経新聞。
皆さんは、ご覧になっただろうか?
読書欄の‘著者に聞きたい’という記事で、高木敏光と小説「クリムゾン・ルーム」がそつなく紹介されている。
高木ファンや、この公式サイトの読者にとってなんら新しい情報ではないが、全国紙の読書欄に写真入りで紹介された意義は大きいと俺も思う。
掲載写真は、神妙というか畏まったというか、俺から言うと少しばかり「いい子ぶった」高木敏光の近影。
あぁ、ヤツってこういう顔するときあるよなぁ、という貌だ。

が、掲載された写真に、高木本人は非常に納得がいかなかった模様で、週明け早々さっそく美容室へ走ったとのことだ。その日も取材が2件ほど入っているようで、同じ後悔を味わわないための、素早い行動。
そこで俺は、「レポートの助けになれば」とE垣さんに閲覧許可をもらったネット上のGoogleカレンダーで、高木の取材スケジュールを見てみる。
すると、この日は‘FMラジオ番組・収録’となっている。
………髪を整えても、意味ないやんか。

それはともかく、今後も続々とメディア掲載が控えている。
まずは今週末金曜の夕刊フジ。
見逃さず、駅のキオスクかコンビニで、おじさん達に混じって買ってみよう。
そしてその前日の木曜には「新文化」という新聞紙上。
書店や取次店、出版社、図書館などの方々が購読する、創刊50年にもなる出版業界紙の一面を飾ることになっている。毎週木曜日に発行され、金曜日に各所に届く。バックナンバーも購入できるようなので‘高木追っかけ’の人は注文されたし。

……週末の雨の夜、俺はI川今日子を探し出すために、練馬春日町駅から5分ほどに位置する7階建てのマンションの前にいた。このあたりは都営住宅やマンション、小中学校が点在する整備された住宅地だ。マンションは建築してまだ1、2年しか経過していないのではないかと思われる真新しさで、植え込みの木がまだ若く添え木がしてあった。
思っていたより豪奢なマンションで、大きさや駐車場の造りからしてどうみても家族世帯向けのもののようだ。現にさきほども眠ってしまった3歳くらいの子供を抱き抱えた夫婦が駐車場からエントランスへと入って消えた。

俺は人通りが無いのを確かめると集合玄関の風除室内に入った。303号の札がついたダイヤル式のポストは、確かに郵便物とチラシでその容積の半分ほどを埋めていた。
辺りを窺いながら、俺は素早く中を改めた。指の届く範囲で片っ端からチラシを引き抜くが、郵便物を手に取ることはできない。
俺は内ポケットから、曲げて加工した長めのピンセットを取り出しポストの上部のスキマから差込み、慎重に郵便物をつまみ上げた。
これは、追い込みに使う七つ道具のひとつなのだ。
俺は慎重かつ速やかに3通ほどの封書を取り出した。
幸いまだ人影はない。
俺は急いで宛名に眼を走らす。
「I川今日子様 ○○ネット通販部」問題なさそうだ。
「I川今日子様 ○○化粧品株式会社」これも問題ない……
3通目に目を留めた。
「T野益椰 様」
これか?
差出人は「○○○銀行 練馬支店」……
どうやら、これがI川今日子の本当の名のようだ。
銀行は身分証明書類をしっかり要求するだろうから、偽名で口座を作ることは出来ないはずだ。
‘益椰’……か。
これがI川の本名なのか?
……何と読むのだろう。
「まや」か?それとも「みや」?

集合玄関は、当然オートロックである。
ちっ。
5分ほど待っていると、会社員風の男が傘を畳みながらコートを塗らして入ってきた。
俺はポストから手紙を取り出した、というような顔をして、至極当然のようにその男と一緒にマンション内部に紛れ込んだ。紛れもなく住人であろうその男は、怪訝そうな顔で俺を見たが、俺はあくまで堂々と「何か用か」とでも言いたげにまっすぐと見返してやった。

その日、俺はワードローブの中でいちばんまともな黒のスーツを着用し、黒縁の素どおしの伊達眼鏡をかけて来ていた。不審者と思われない為の、俺なりの変装だったが、あまりウロチョロしてもいられないようだ。
早めに片付けなければいけない。

俺はエレベータを使わず、防火扉を押し開け、階段で3階まで上った。
廊下に出て、303号室を目指す。
1フロアあたり5世帯ほどの部屋数があるようだ。外見の規模からして2LDKから3LDKくらいだろうか。
ELVホールを横切り、目当ての番号にたどり着いた。
上品だが無機質なブルーグレーの玄関扉からは、当然中の様子は窺い知れない。俺は耳を扉にあて中の物音に耳を澄ませたが、なんの物音も聴こえず、靜かだった。
隣の部屋だろうか、子供の声とTVの音が、別の方角からかすかに聴こえている。

ドアチャイムを鳴らしてみる。
一回目。
二回目。
再び扉に耳をあてがってみるが、なにかが起こる気配はどこにもないようだった。

俺は携帯電話を取り出し、発信履歴から、見慣れた番号をダイヤルした。
俺とI川を繋ぐ唯一の手段であった‘クリムゾンルーム製作委員会’のIP電話番号である。
……数秒置いて間もなく、部屋の内側から音楽が鳴り出した。
それは、俺の世代には懐かしいヒット曲。
小泉今日子の「あなたに会えて……」の着信メロディを奏でる電子音だった……。

携帯のコールを切った俺は、冷たいコンクリートの壁に背中を押し付けて寄りかかった。
ため息が漏れた。
やはり間違いなくココがI川の、いや今はT野と呼ぶべきなのか?自宅なのだ。
「今日子」は、‘キョンキョン’の今日子だったのか?
それにしても、彼女の年齢で、なぜまたキョン×2なんだ?
全然時代が違うじゃねえか。
どこか不自然な感じが否めない……

そのとき、一つおいて隣の扉が突然開き、主婦然とした30歳前後の女が出てきた。
俺は思わず壁から身を起こし、携帯をいじっているフリをした。
疑いと軽い恐怖の混じった顔で俺を見て、足早に通り過ぎる。
「あ、こんばんはぁ」
俺は精一杯の笑顔で挨拶してやったが、返答はなく、EVホールに向かう角を曲がるところで、チラッともういちどこちらを見た。
退散するとしよう。これ以上はラチがあかない。

今度はELVを使い、自分はこのマンションの住人を訪れた立派な来客である、という顔をして1階まで降りた。

エントランスからまだ冷たい雨が降る外へ出ると、そのまま建物の右手に廻り込んだ。方角で言うと南側になる。
303号室の位置を俺は大体アタマに入れていたので、外から少しでも様子が判ればとの考えだ。南側に位置するテニスコートの金網にへばりついて、俺は路地からマンションを見上げた。
303号室は、3つ並んだバルコニーのうち真ん中に位置する、あそこだろう。
両側の部屋には「家庭」とか「団欒」を連想させるオレンジ色の明りが灯っていたが、真ん中のバルコニーはそこだけ暗く、ポッカリ開いた穴のように深い闇と静けさに包まれているようだった。
振り返ってみると、テニスコート越しの向こう側には、広大な遊園地の遊具設備の大きな影が見えていた。ここからな遊園地の北端まで500メートルも離れていないだろう。
ジェットコースターに、海賊船、観覧車……。
おそらく303号室のベランダからなら、もっとその姿がよく見えるに違いない。

……俺の吐く白い息を、針のような雨が刺しては、落ちていった。
小泉今日子には確か「優しい雨」という名曲もあったナ。
が、今の俺には冷たく切ない雨だった。
どこにいる?
まだ彼女は見えてこない。
今の俺にとって、まだ彼女の名は‘I川今日子’だった。

俺は、マンションを後にした。

つづく

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