
date: 2008年04月18日 | text : N島 縦 |RSS|
昨晩、高木敏光「クリムゾン・ルーム」の出版記念パーティが開催された。
俺は作家エージェントであるアップルシード社からお誘いを受けていた。
どうしようか迷ったのだが、週末の仕事をやりくりして、出席した。
理由のひとつは、マリアンヌのモデルになった女性が出席するとの情報を耳にしたからである。
それ以外にも、この小説の登場人物のモデルが数多く、パーティに出席するということだった。
その中にはIT、デジタルコンテンツ業界でのいわゆるビッグネームの方もたくさんいる。俺のような門外漢が簡単においそれとお会いできるような方達ではないので、いちどそのお歴々を拝顔したかった、というのもある。
……そして。
俺は、もしかするとI川今日子が会場にやってくるのではないか、という淡い期待を抱いていたのだ。音信不通になる前から、彼女はこのパーティーの予定を知っていたのだから。
彼女であれば、晴れがましい会を催す高木敏光の姿をぜひとも目にしたいはずだった。
春日町のマンションでの探索後、俺は入手した彼女の本名を語り、もういちど築地のPR会社をあたった。
電話をして3社目にその名がヒットした。
「T野さんは、長期の休暇中ということになっています」
これだ。
俺は、いったん電話を切り、翌日の午後にその会社を訪問した。
受付に「T野益椰の親戚である」ということを伝えると、彼女の直属の上司であるという30代後半くらいの男が現れた。ステッチの入った茶色のジャケットをノーネクタイで羽織った、いかにも業界然とした男である。
俺のほうは白のシャツに地味なネクタイを締め、例の真面目サラリーマン・バージョンである。
名刺を交わしながら俺は用件を切り出した。
「……実は、僕は彼女のいとこなんです」
「いとこ……?」
「といっても、しばらくは疎遠でして、もう何年も会ってないんです。4月に札幌から転勤して来たものでして、東京にも不案内で、彼女に連絡をとったというわけです。
で、2週間ほど前に『銀座で夕食でも』と約束をしたのですが、彼女は現れなかった」
「……ほう」
「それで、その後何度も連絡したのに、電話に出ない。彼女、子供の頃からキチンとした性格の子だったから、おかしいな……と」
「なるほど」
「それで、今日近くまで来る仕事があったものですから、会社名を聞いていたので、思い切って訪ねたという次第です」
「……そうですか」
俺は、I川の上司だという彼の目をいちども逸らさず、作り話を真剣に語った。
彼は、俺の話を聞きながら考えているようだったが、やがて語りだした。
「いや、実はね、僕も困ってるんですよ」
「……というと?」
「実は、3月31日の月曜の朝、連絡もなくT野クンが会社に来なかったんです。勤務態度は優秀で、無断欠勤など有り得ないと思ってましたから、僕も正直面食らったんです。彼女にはかなり重要な案件を任せていたので、正直言って大弱りでした。その週も彼女が担当するプレゼンが3件もあったんですよ。で、連絡がとれずに、やきもきしながら3日間が経過した。その間、唯一の緊急連絡先だったお母さんにも連絡しました。ですが、電話が繋がらないんです」
「お母さん、もですか」
「ご存じですよね?……N島さんにとっては、叔母さんになるわけですか」
「え、……ええ、ええ」
「ところが、そのお母さん、彼女が入社した頃は目黒に住んでいたのに、1年くらい前にロンドンに移住してしまっていたんです」
「ロンドン……?」
「で、僕もうっかりしていたんですが、移住先の連絡先を聞いてなかったんです」
「………」
「ご存じなかったんですか?」
「……え、ええ。僕は彼女の父方のほうの従兄弟でして、あまり叔母さんとは……」
また、口から出まかせである。
「なるほど、彼女、お父さんは早めに亡くされましたよね」
………そうなのか。
「で、自宅にも訪問してみたんです」
「春日町ですね」
「そうです。もともと生まれ育った土地ということなんですが、あんな広いマンションだとは思いませんでした」
「会えたのですか?」
彼は首を振る。
「見事に、無駄足でした」
「それで、いよいよどうしようか、というときに彼女から電話があったんです」
「!」
「で『体調を崩したので、しばらく休ませてほしい。連絡もできすに申し訳ない』と。」
「ええ」
「で、入院しているのか? それならば病院を教えてほしい、と言うとそれに答えずに『本当にすみません』とだけ言って、電話が切れたんです」
「………」
「それ以降3日にいっぺんくらいのペースで、彼女のほうから掛かってくるんです。で、僕が仕事上で必要な事柄を、彼女にまとめて訊いているんです……」
「最後に話したのはいつですか?」
「昨日の朝です」
「仕事以外のことを、なにか言ってましたか?」
「いえ。で、これから先の予定を訊くと『カラダがまだ回復しないので、会社には出られない』『迷惑をかけるので退職にしてもらってもいい』とも」
「………」
「とにかく会って事情を詳しく聞かないことには……ウチとしても彼女には去って欲しくない。ただ今の状態じゃあどうすることもできず、頭を抱えてるんです」
「はぁ」
「使えないスタッフなら、また話は違うんですが、T野クンにはかなり期待していたんです。お客さんのウケも非常によくて、僕はかなり頼っていたんですね」
その言葉で、思いあたった。
以前アパレルのクライアントとの接待で、彼女をお持ち帰りさせようと謀ったのは、この男なのだ。
俺は居場所探しに協力することを申し入れた。
そして、あくまで疎遠な親戚だったので、できれば入社時の履歴書を見せて欲しいと願った。彼はしばらく間を置いたが「いいでしょう」と言い捨て、すぐに書類を持ってきた。
おそらく今回の件があって、人事担当者と共に、履歴書から手がかりを得ようと、穴が開くほど見つめたのであろう。
俺は緊張して、その書面を手に取った。
I川今日子……。
いや、T野益椰。
みや、と名を読むことがわかった。
そして書類の右上には彼女の写真があった。
40×30cmの小さい四角形の中に、彼女はいた。
俺は唾を呑んだ。
ほぼイメージどおりだった。
いや、あの鈴声からすれば、やや大人の女性にみえるかも知れない。
キレイな卵形の小顔にくっきりした綺麗な目。やや目じりは上を向いているかもしれない。
少し茶色がかったレイヤーの髪を前から横に流している。履歴書用だからなのか、おでこをできるだけ出しているようだ。広い額が聡明さを印象付ける。鼻筋は細く、頬や口もとから顎にかけて細くなっていくラインが美しくカーブを閉じている。
俺は、しばし見入ってしまった。
「彼女、変わりましたか?」
上司の男が沈黙を破る。
「……あ、いえ。昔の面影そのまんまです」
‘俺のイメージ’というところを‘面影’という言葉に置き換えて彼に伝えた。
履歴書には、例の綺麗な文字で彼女の経歴が記されていた。
昭和55年9月生まれだから現在27歳。練馬区の出身。小学校まで地元で通い、その後中・高校と私立の女学園に通っている。そして最終学歴は東京西部にある美術大だった。
この会社に入社したのは、3年ほど前。前職は画廊勤務とある。
俺は、左側の住所欄の横にある携帯電話の番号に目を止めた。
そして自分の携帯電話を取り出しながら
「あれえ? 僕の知ってる番号と違いますね」
などと言いながら番号をプッシュして、携帯に記憶させてしまった。
俺は、困惑顔の上司に、まず思いあたる親戚筋を訊ねてみることを約束し、辞去することにした。
そして、彼女から連絡があったら『イトコの‘タテにいちゃん’が心配している。必ず連絡するように』と伝言を頼んだ。
今日は大きな収穫があった。
何より、彼女がとりあえず無事に生きているということが判って、俺は大きく安堵の溜息を漏らしたのだった。
だが「体調を崩した」という発言が気になる。
では、なぜ身元を隠し俺達の前からも姿を消す……?
そして、高木敏光のパーティの日がやってきた。
会場は、飯田橋の日仏会館の敷地内にある瀟洒なフランス料理屋さん。
あいにくの雨で煙る庭園の中に、小洒落たレストランの灯りが浮かんでいた。
都会の喧騒とは一線を画した静かな佇まいが心地良い。
俺が到着したときには、すでに賑々しい雰囲気で宴が進行していた。
集まった人々は大まかに分けて、3種類いた。
高木敏光のデジタルクリエイター時代の輝かしい経歴に深く関わった人々。
師弟として、同胞として、取引上のパートナーとして、はたまたライバルとして高木の周囲を彩ってきた、いずれ劣らぬ個性豊かな豪華キャストが勢ぞろい。
作中のキャラクターだった「ボス」であり「魔王」や「佐栗」や「中村弁護士」の他、高木のブログを含めた作品のファンならよく知っているであろう有名な人たちばかりだった。
そして、漫画家のいくえみ綾先生の周りには女性陣の人だかりが出来ていたな。
もうひとつの集団は、高木が新たに足を踏み入れた出版業界の面々。
彼のエージェントである鬼塚忠氏率いるアップルシードエージェンシーの全社員。高木敏光という才能に文芸出版進出という新たなる冒険を挑むサンマーク出版の高橋編集長、K島女史、E田女史。リブロからはクール・ダンディ石川部長、そして作家養成ゼミの同期生、編集者など、この辺は俺も面識がある人々。
そしてDS版「クリムゾン・ルーム」等、TAKAGISMのゲーム製作に関する協力なパートナー会社である株式会社サクセスの吉成社長と優秀なスタッフの方達……。
そして3つめのグループは、高木敏光のファン達である。
デジタル作品の時代から、あるいブログ小説の時代から彼を長いこと支持し、応援してきた女性達である。その中でも個人的に親交の深い方々だけが今回、駆けつけていた。
当の本人、高木敏光は、この日のために姿を変えていた。
娘さんの中学受験の父母面接の為に黒に戻していた髪を、再び過激に染め直していた。
今度は以前の金色でなく、アッシュの入ったシルバーグレーとでもいうのだろうか。
その髪を10代に活動したバンドのボーカル時代のように無造作にツンと立て、キャサリン・ハムネットのとんがったスーツに身を包んだ、ヤツがいた。
美容室は、姿の見えないラジオ収録の為に行ったわけではなかったのだ。
そして記念すべき日ということで、今日は彼の側に、奥様の漫画家・堀内三佳先生、そしてとても可愛らしい二人の愛娘さん達も帯同していた。
渋みをましたパンク・ロッカーのような彼のスタイルは、これからの作品および活動に対しての、彼の姿勢の表明でもあるのだろう。
攻めていくぞ、という既成の価値に囚われず、鋭角的に、毒気をもって創作の挑戦を続けていくゼ、という彼の精神の発露として、出席した人々は彼の出で立ちにメッセージを読み取ったことだろう。
俺は、あまり多くはない‘知っている顔’へひととおり挨拶すると、店の入り口にとって返した。
受付には、アップルシード社に今春入社した期待の新人Y美ちゃんが、マスコットガールのようにちょこんと立っていた。
俺はゼミ等を通じて、面識があった。
「よう! 可愛いコちゃん」
「あ、タテさんー」
「こんなとこに、立ちっ放しは可哀想だな」
「でも立食パーティですから、お客様だって同じですよ」
「あ、そか」
新人でも、しっかりしている。
「それにさっきY内先輩が差し入れで、ホラ」
ビュッフェからキッシュやローストビーフなどが少しずつお皿に盛られて、受付テーブルの下に隠されていた。
「ところで、どうしたんですか?」
「今度、合コンやろうぜ、合コン!」
「うわぁ」
「やっぱりさ、仕事だけじゃなく、プライベートも充実させなきゃ」
「そ、そうですよね」
「ホラ、ここは作家さんを育てたり、売り込んだりする会社だろ?」
「ええ」
「だから男性のこともいーっぱい知って、人生経験積まないと、作家先生と渡り合えないゾ」
「そんなもんですかねぇ」
「あたぼうよ」
「でもタテさんのお友達って、どんなのですかぁ? ……なんか怖いのが多そう」
「んなこたぁねえよ。いろいろいるぜ。客引きとか、黒服、ホスト、パチプロ、ギャンブラー、相場師、鍵師、マッサージ師、猫キャバ経営者、金融業、不動産ブローカー……」
「わわ、おもいっきり怪しそうなのばっか、じゃないですかぁ」
「いやいや、男はなぁ、職業や外見じゃねえんだ。俺が連れて来るのは保証書付きのイイ男ばっか」
「どーゆう基準ですかぁ、いったい」
俺は軽口を叩きながら、テーブル上の来客名簿に目を走らせた。
総勢60人はいるだろうか、五十音順に並んだ名簿のIの欄を探した。
……彼女の名は無かった。
そしてもちろんTの欄にも。
……やっぱ、来ないのか、I川今日子よ。
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