
date: 2008年04月22日 | text : N島 縦 |RSS|
パーティは、いまにもマイクを片手にシャウトしそうな格好をした高木敏光を中心に、華やかな雰囲気の中、続いていた。
駆けつけた出席者達は、あまりにも壮々たる顔ぶれの為、ひとりひとりを紹介していくと際限がなさそうだ。
それでも、やはりこの人には触れずにはおけまい。
圧倒的な存在感で、ひときわ注目を集めていた男の名は、高橋昭憲氏。
「クリムゾン・ルーム」に登場する「ボス」のモデルである。
高木がかつて在籍し、デジタルクリエイターとしての礎を築いた会社、株式会社データクラフトの代表であり、北のシリコンバレー・札幌のITシーンにその名が轟く超・要人である。
高木は彼の許で働いた期間のことを「魔王について」という人気連載ブログに記していた。‘魔王’こと高橋氏が、クリエイターとして、あるいは社会人としての高木に多大な影響を与えた人物であることは、高木ファンであれば周知の事実である。
会の途中でマイクを渡された‘魔王’こと高橋氏は、高木に向かって祝いの言葉を述べたが、
「最初、この本は暴露本である、と人に聞いていたので、読まないつもりだった」
と、長年のボスであった立場から、まずは強烈な口撃を浴びせた。
「だが、しぶしぶ読んでみると、これは……全部まったくのフィクションだ、ということがわかった!」と、意味深長な笑いを浮かべ、続けて
「ただ、この中で書かれていることで、唯一本当なのは、高木敏光が、我が社の札付きの‘不良社員’だった、ということです」
と語り、大いに会場を沸かせた。
歓談の輪の中でも
「まったく、作家デビューができて良かったな。そうじゃなかったらただの詐欺師だ」
「ゲーム『CRIMSON ROOM』が出来たころは、いつクビにしてやろうか、とチャンスを伺っていたので、ちょうどよかったよ。彼にとっても、お互いに」
などと、毒気たっぷりのトークを炸裂させていたが、これは長年の信頼関係があるからこその、高橋氏流の逆説的な祝福の辞であることは言うまでもない。
他にも、クリエイター仲間など、昔から仕事人としての高木をよく知る面々から、
「紛れもなく才能はあるが、コイツとはとても一緒に仕事が出来ないなぁ、と思っていた。小説という違う分野で、頑張ってくれ」
等々、辛口トークが次々と飛び出した。
賛辞と半々、あるいはそれ以上の割合で、かつての彼の悪行が次々と語られ、高木も苦笑を禁じ得ない様子。
が、これもかつての盟友達と、それだけ歯に衣を着せぬ付き合いをしてきたことの、証に他ならない。
しかし、現在の作家としての高木のエージェント、アップルシード社のY内女史は、いろんな評判を聞くうちに、次第に顔が強張ってきたようで、最後にコメントを求められたときには
「信頼していた高木さんのイメージが、音をたてて崩れました。これからは、エージェントのやり方を考えようと思います」
と発言し、場内を爆笑に包んでいた。
俺は、というと、表舞台の人々とは挨拶程度にとどめ、隅っこのほうでビールやワイン、美味しい仏料理の数々やデザートをしっかり食らっていた。
そして、昔からのファンであるところの、K栗女史やT花さん、M香さんやAcc.oさん達と、気楽に談笑しながら、パーティを遠巻きに眺めて楽しんでいたんだ。
面白かったのは、俺と初対面の挨拶を交わした方々の反応だ。
皆、一様に
「え、N島さんですか!? ……本当に実在するんですね?」
と、驚きと同時に物珍しげな顔つきをすることだ。
あまり表に出ず、ネット上でしか確認できなった俺の存在について、いっとき「N島というのは、じつは狂言で、高木が自作自演で書いているのではないか?」という疑惑があったのである。
ツチノコやイリオモテヤマネコのような珍獣に出くわした、とでも言いたげな皆さんの表情が印象的だった。
……I川今日子には、あれから数度、電話をしてみた。
築地の勤務先から入手した、例の携帯電話番号である。
電話は不通ではなかった。
が、あの美声が通話に出ることはなく、留守電メッセージに変わることもなかった。
ただ、コール音が無機質に流れ続けた。
着信履歴に俺の番号を認めて、I川が何らかの反応をしてくれるのではないか、という期待を俺はもっていた。
だから、毎日決まった時間に電話をかけた。
それはいつもI川が電話をしてきた、朝の9時と夜の8時前後だった。
もうひとつ、定期的に春日町のマンションを偵察してくれるよう、アキラに頼んであった。
いまのところ、手がかりは、無い。
あの後、PR会社の上司のもとには、いちどだけ電話があったという。
時間にして30秒もなかったというが、声そのものは元気そうだったらしい。
履歴書を元に、学校の友人や親戚を何人かあたってみようとも思ったが、どこに居るにせよ、無事でいるということがわかった今、あまり周囲の人間を巻き込んで騒ぎ立てるのは、おそらくI川が好まないだろう、と考え止めにした。
代わりに、人に頼らず、ヒントが訪れるのを待とう、と思った。
何かの理由があって、おそらく彼女はいま、自分の姿を見せることができないのだ。
いや、見せたくないのだろう。
……そろそろパーティは終わりを告げようとしていた。
俺は、何かモノ足りないな、と感じていたのだが、その原因に気づいた。
そう、俺がいちばん期待していた──いや、男性諸氏はみな同じであろう、美貌のヒロイン・マリアンヌのモデルとなった女性。
誰かは判らないのだが、彼女も結局、姿を見せなかったのだ。
まったく……。
I川今日子といい、マリアンヌといい、イイ女というのは、どうしてこうも勿体をつけて男を焦らすんだ?
中央のステージでは、出席者の皆さんへ、高木敏光が丁寧な謝辞を述べている。
そのとき、会場の入り口を運送業者が訪れ、雨に濡れた花束が新たに届けられているのを見た。
……終わり間際になって、間抜けな花屋だな。
ん、待てよ?
俺は、もしやと思い、それを受け取ったY美ちゃんの側へ急いで走り寄った。
「誰からだい?」
「それが、……送り主の名前が無いんです」
「……ちょっと、みせて」
大きなカサブランカの花束だった。
花の間に二つ折りの白いカードが挟まっている。
急いでそれを開いた。
心からおめでとうございます。
未来の流行作家どの
………。
見間違えようもない。
I川の字だ。
花を運んできた業者の伝票を、Y美ちゃんの手から奪い取った。
差出人の名前も住所も無い。ただ『葵フラワー』という花屋のロゴマークとお店のデータだけが記載してあった。
練馬区小竹町。
……春日町から、さほど遠くない場所のはずだ。
「これ、もらうよ?」
「あ、はい……」
俺はその伝票をポケットにねじ込むと、入り口から、まだ小糠雨が降る外を仰いだ。
庭園の外灯が細い針のような雨をそこだけ白く浮かび上がらせていた。
I川今日子、どこにいる?
誰にも会いたくないなら、それもいい。
……でもおまえは、ひとりぼっちじゃないのか?
助けが必要なんじゃないのか?
どんなことがあるにせよ、姿を眩ますなんて、寂しいぜ。
俺は、今日、バーチャルな存在でないことを、皆に見せたんだ。
今度はおまえが、それを証明してくれる番だろ?
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