
date: 2008年05月21日 | text : N島 縦 |RSS|
小説「クリムゾン・ルーム」は、コンスタントに売れ続けている様子。
ネット上のブロガー達が相当数の感想をUPしていることや、読後の口コミによる効果が大きいのだろう。じわじわ部数を伸ばし「息の長い文芸作品になる特徴が垣間見られる」というのは、書店リブロのクール・ダンディ石川部長のコメントだ。
最近の高木敏光のメディア露出も手伝って、この公式サイトにも新たな訪問者の数が増えていることがアクセス解析から一目瞭然。
まだ小説を買っていない皆さん。後から後悔しないように、もういちど伝えておこう。
全国のリブロ65店、およびオンラインショップロゴスから購入した場合のみ、特典がある。高木敏光のオリジナルコンテンツが入手できるというのが、それ。
正真正銘ここだけの特典なので、お忘れなきよう。
さて……。
T遊園の地上に降り立った俺とI川今日子の二人は、予想どおりの喧騒に放り込まれた。
たちまち施設の関係者や救急隊員、警察官達に囲まれて、16号車の中で一瞬訪れた静謐な空間は、あっという間にかき消されてしまった。
俺は、不用意で乱暴な質問と好奇な視線にI川をなるべく晒したくなかったので、必死で周囲を説得した。彼女が病人であることを伝え、やってきた救急隊員と宮島医師とを携帯で話させ、S病院に速やかに運んでもらうことにした。
こうして彼女の警察行きは免れたが、俺のほうは当然ながら管轄署行きだった。警視庁の車に乗り込むことになり、そこで、I川今日子とはお別れになった。
警察署で事情聴取を受けた俺には不法侵入やら器物損壊やらの嫌疑が掛かっていたが、翌日、宮島医師の証言によって結果としては不起訴処分となった。
T遊園側とは示談で賠償の話が進められることになった。
……が、そんな雑事は俺にはどうでもよかった。
翌々日に昼過ぎなり、俺はようやく再びS病院を訪れることができた。
彼女に会う前に、宮島医師に時間を取ってもらい例の4階の面談室で再び向かいあった。
そこで彼の口から、病院に戻った翌日、I川今日子が長い時間をかけ自分のことをようやく語ったことを知った。
長い告白の間、別の人格は現れず、「T野益椰」と思われる基本人格が淡々と語ったという。
彼女が語る内容は、俺がT遊園の空中で聞いた話を裏付けるものだった。
I川今日子、実名でいうT野益椰は建築家・T野満男の一人娘であり、父に強い愛情を受けて育った。実の母は彼女が生まれてすぐに亡くなり、いまロンドンにいる彼女の母は父の後妻であるという。
そのためか否か、幼少時のI川は精神的に父に対する依存度が強く、父もまた娘を溺愛していながら、本業の多忙さで家を不在にする期間も多く、娘にとっては寂しい幼年期の家庭生活が送られた。
といっても、継母に殊更冷たく扱われたり虐待等があったということではない、とI川ははっきり語ったそうだ。むしろ継母は、とてもよく接してくれたしI川も彼女を嫌いだったわけではない。ただどうしても馴染むことのない何かが二人の女性の間には存在し、I川と父が接するようには決してならなかった。心の奥で彼女は、父ばかりを強く求めていた。
小学校へ入学した6歳の春、その事件は起こった。
午前のみで学校が引けたその日、久しぶりの父子デートが実現した。前日、1週間の出張から戻った父は、久々の休みをとりたっぷり娘と過ごすつもりだった。行きつけの鮨屋で軽く食事をした後、彼女の強いリクエストでT遊園を訪れた。
その日、継母は続けていた宝飾デザインの仕事があり同伴していなかった。I 川にとっては、念願の父と二人きりの時間だった。三人で出かけることが嫌だった訳ではないが、継母と父といる時間は、I川が感情をストレートに出せない時間でもあった。ママさん——I川は継母をこう呼んでいたという——といると、彼女の「優しくしなきゃ」という気遣いがびんびん伝わってきて、自分のほうも気を遣う。パパがママさんを好きな事は判っている。だからパパが悲しむような振舞いはしたくない。ママさんとも仲良くやっていくために、どうしても「いい子」を演じてしまうのだ。家に二人だけの時はしかたないと諦めるが、パパと3人の時は、それがパパに対する態度にまで影響してI川はぎこちなくなってしまった。I川はそんな自分が嫌だった。怒られてもいいから、パパには思いきり甘えたかったのだ……。三人でいると、表面では優等生を演じてしまう癖に、実は心の中でパパとママさんを区別している。そのことも、自分を嫌いになる理由のひとつだった……。
ママさんには罪悪感を感じながらも、二人の時は思いっきりパパに感情を開放できる自分が楽だった。何よりパパを独り占めできるのだから……。
そんな少女の成長過程の途中で、早すぎる別れが訪れた。
父は数年前から医師に心臓の冠動脈の異常を指摘され、胸痛や息苦しさを訴える症状が現れていた。繰り返し、入院による精密検査を強く勧められていた。
が、仕事に邁進してきた情熱と生来の責任感が彼にその決断を遅らせ、疾患は彼を次第に蝕んでいたようだ。
I川と父子デートのその日も、決して体調は良くなかった。前日の帰宅まで、建築予定地の視察と大型案件のコンペが重なり、数日間に亘る徹夜作業と無理な移動が重なり、疲労が蓄積していた。それでも彼は、最愛の娘との久しぶりの休暇を寝て過ごそうとは思わなかった。そして、殊もあろうに観覧車に乗った最中に彼の心臓はその限界値を示したのだった。
二人の乗った観覧車が出発して十数分、突如の苦しみが父を襲った。
苦しむ父は娘に対して「大丈夫だから心配するな」と声を書け、発作時の薬をなんとか服用したが、その効力は心臓機能の異変を防ぐことが出来なかった。驚き泣いているわが子を前にして、数分間の苦しみの末、父は意識を失った。
娘は助けを求めようと外部に叫んだが、上空をゆっくり旋回する観覧車のワゴンには出口も非常ベルも無く、窓は密閉されて開くスペースはまったく無い、という設計だった。
平日の午後で観覧車の利用客は少なく、運悪く二人が乗ったゴンドラの前後には誰も搭乗していなかった為、窓を叩いて泣き叫ぶ女の子の存在に気づく者はいなかった。
ようやく観覧車の係員が異変に気づいたのは、16号車が円周の4分の3ほど回転を終え、二人が乗り込んで30分ほど経過した後だった。
係員はアナウンスを流し回転速度を速めて16号車を地上に戻したが、そのとき既に父の息は無かった。
父が不慮の死を遂げてしばらく、小さい娘の嘆きようは目に余るものだった。
数ヶ月の間、どんな慰めも楽しみも遊びも彼女の心を安らげることはなく、絶望が幼い心を支配していた。起きているときは常に父の部屋で過ごし、眠っても父の名を呼び目が覚めた。食事も満足に摂らず、医師が発育を心配するほど体重も落ちた。
時が経過しても、忘れ去るより彼女の悲しみは増していった。いや、むしろ忘れまいと自分に言い聞かせているかのようだった。
継母自身も悲しみに暮れ、遺された娘の扱いに困り果てたが、それでも彼女の養育を断念することはなく、辛抱強く面倒を見て育てた。
だが本当に心が通うことはなく、彼女の頑なになった心が解けることは終になかった。
数年が過ぎ、継母が思い出の残る家を売却し、世田谷区に引っ越しをした。
その頃を契機に、小学校高学年になっていたI川もようやく表面上の落ち着きを取り戻し、人前では持ち前の明るさを取り戻した。転校した学校のクラスでは学級委員に推薦され人気者になるまでに回復したが、父の話題に触れると彼女の心が著しく乱れてしまうことは、変わらなかった。
私立の中高一貫教育校に入学した彼女は、むしろ以前にも増して人前では優等生らしく振舞い、教師や級友の信頼も厚かった。友人も多く出来て、初めて異性とも付き合った。
だが誰も彼女の本当の心の奥に分け入ることは出来なかった。いや、彼女が入れなかったのだ。彼女にとって自分は、父を死に追いやり、見殺しにした許しがたい存在であり、価値の無い人間だった。後悔という寂しい王国の住人であり、本当の彼女の悲しみや罪は、誰にも理解されるはずがないと考えていた。そのため、彼女と付き合った人間は同性であれ異性であれ、どこかに言いようのない寂しさを感じ、近寄りがたいものを感じていた。
高校生の彼女は、父の足跡を追うように建築家に憧れるが、やがて父の若い頃の夢だった絵画の道に傾倒していく。多くのコンクールで年齢的なレベルを超えた評価や受賞歴を得た彼女は、そのまま美大に進学する。
彼女によれば、大学を卒業する頃から次第に、自分にもうひとりの人格が存在するのではないかという疑いを持ち始めたという。生活していて記憶の欠落や齟齬が発生し、当時交際していた男性にも指摘を受けたという。
彼女はショックを受けた。
自分に起こっていることを、彼女は心理的な葛藤が生んだ精神障害とは捉えず、本来生きる資格が無い自分への運命が与えた罰なのだと理解した。
バランスを取り戻していた彼女の生活と精神は、また壊れていった。
恋人とは別れ、同性の友人とも深い関わりを避けるようになっていった。
そして彼女は、賞賛を受けていた独自の作風の絵を描くことと裏腹に、絵筆を持つことがその病状をむしろ深めることに気づいて苦悩した。
創作を続けることから遠ざかろうと心に決め、卒業後は知人の画廊で働くことになった。
しかし中途半端に芸術の世界に触れていることは却って彼女を苦しめた。そこで、広告業界の知人の誘いを受け、今までとはまったく無縁の業界に思い切った転職を決意し、過去の人生と訣別を謀ろうとした。
もともと自分の感情以外については、非常に論理的な思考ができた彼女は、マーケティングや市場調査を行って、ビジネスウーマンとしても非常に有能な仕事ぶりを示した。
……そこからは、俺も知っているPR会社のI川今日子だ。
しかし、あの事故以来20数年の人生で、結局常に彼女を捉えていたのは、愛する父の死に顔であり、救うことが出来なかった自分への罪の意識であり、それに伴うT遊園の観覧車16号のイメージ、誰にも声が届かない閉塞空間の孤独と苦しさだった。
ビジネスの世界に生きるようになってからも、それがいつしか、絵画の鑑賞や小説・物語に接するときの拘りになり、密室トリックや密室脱出をテーマとする世界に彼女を強引に惹き連れていった。
それは父の死を思い出させるものであり、本来なら避けて通りたいはずのものであった。が、彼女はどうしてもそれを回避できず、むしろ自分からそれに近づき取り込まれていった。自分の傷と向き合いそれを乗り越えようとしたのか、それとも自虐的な破壊願望だったのか、彼女自身にも判らなかった。だが、そこを通ることでしか、自分の存在を確認することが出来なかったのかもしれない。そこに浸ることで、彼女が今後どうやって生きていったらいいのか、その答えが見つかるのではないかと無意識に考えていたのかもしれない。
だが、彼女の魂は救われることは無く、表面上は再び悪夢の中に彼女を連れて行き、病状を悪化させてしまうことになる。
そんな折のこと、彼女はネット上で『CRIMSON ROOM』というゲームと出会った。この一見シンプルなゲームに彼女は周りが一切見えなくなるくらい嵌りこんだ。
数時間の格闘のすえ、赤い部屋を脱出した彼女は言いようの無い爽快感に満たされていた。ゲーム作者であった高木敏光を調べて熱烈なファンとなり、私信を送るようになる。
その後発表された『VIRIDIAN ROOM』『WHITE CHAMBER』『BLUE CHAMBER』の脱出シリーズ全てを貪るようにプレイし味わい尽くした。それにも飽き足らず、後続の製作者が作る密室ゲームにも触手を伸ばすが、やはりクリエイター高木敏光の魅力は大きく、その後高木の創った他のムービーやミニゲームから、ブログ小説に至るまでコンプリートに制覇して熱狂的な信者となった。
やがて『CRIMSON ROOM』を原案とする小説を出版するという企画を知り、矢も盾もたまらず「クリムゾン・ルーム」製作委員会の発足を決め、既に何度か面識のある高木に了承をとりつける。
ゆくゆくは「クリムゾン・ルーム」を映画化し世界的な物語コンテンツに育て上げるのが、彼女の夢だった。彼女の気分はかつてないくらいに昂揚し、夢が大きく膨らんだ。
だが、彼女の抱える精神の闇には改善の兆しが見られなかった。
勤務する会社と製作委員会の仕事を進めようという意欲に溢れているのにも関わらず、別人格が出現する頻度が日に日に増しているようだった。
大きな危惧を感じた彼女は、不安を押し込めるように、より忙しい生活を送ろうとしたが、症状は悪化する一方だった。
気が付くと自分の記憶が飛んでおり、どうやって行ったのか経路を覚えていないにも関わらず、予期しない場所に自分の存在を確認する、ということが頻発するようになっていった。
あるときは、父と幼い頃に行った浅草寺や高層ビルの水族館、多摩川の土手にいたり、父の元の事務所があったビルの前や、新宿の歌舞伎町、と範囲に限定が無かった。
そして、問題のT遊園内に立っている自分に気づき怖くなって急いで引き返す、という出来事がこの数ヶ月で数度起こった。
基本人格たる本人は、幼少時の事故以来、記憶が蘇るのが怖くてT遊園に遊びに行ったことが一度も無かっただけに、I川は心から恐怖を感じ疲れ果ててしまった。
いっぽうではI川は、父との思い出が詰まった春日町界隈を忘れることが出来ず、大学を卒業し就職をした時に相続した遺産の一部を使って、当時住んでいた土地のすぐ側に建てられた新築マンションを購入して住んでいた。
継母はそのマンションの購入を反対し、I川と口論となったことで二人に亀裂が生じた。継母はやがて本業であったデザイナーに専心する為に、ロンドンに渡ってしまう。
矛盾し、混乱した心が生み出したもうひとりの自分——。
それを制御することができない自分に限界を感じて、I川は精神医療には定評のあったS病院を自ら訪れたのである……。
淡々と冷静に、まるで他人の事を話すように宮島医師に語ったというI川今日子。
宮島医師としてもここが大事な局面と捉え、昨日と今日と他の予定を返上して病棟に詰めていた結果、彼女の長い告白を得ることが出来た。
………。
しばしの沈黙が俺と、若い医師の間に流れた。
宮島医師の表情は冷静そのものだったが、プロとしての希望と期待を現していた。
「あれだけの内容を話す間に、興奮も落胆の表情も示さず、別人格への移行をしなかったというのは、ひとつの病状の進化だと思います。主たる人格が客観視して自分を語れる訳ですから。今日、明日の時点で、病状が良くなったという性急な判断は出来きませんが、彼女の意識が明らかに次の段階に来ているのではないかと思います」
「あの晩の空中アクロバットで、すこしはスッキリしたのかな?」
「さあ、それは何とも。ただ、心の奥底でずっと抱えていたテーマを実行に移すことで、気持ちの整理がついたのかもしれません」
「……だと、いいな」
「それにしても、N島さん、あの場でそこまでやってるとは思いませんでしたよ」
宮島医師は、初めてはっきりと笑顔をつくった。
「もうあんな軽業は御免だな。命がいくつあっても足りない」
俺はまだ残る額の傷をさすった。
同じ場面にはいなかったが、宮島医師には要所でいいアシストをしてもらった。
二人には不思議な連帯感が生まれていた。
「俺は、彼女に会えるかな?」
「いいと思いますよ。彼女もN島さんに会いたがっていました」
「病室じゃないほうが、いいな」
「それでは、病棟から出ても構いませんよ。彼女にN島さんが来ていることを伝えてもらいます」
「すまんな」
「僕のほうこそ、今回の件は勉強になりました。N島さん、今後も彼女の力になってやってくださいね」
「彼女が望めば、な」
「……精神医療の現場には、実のところ明快な解答なんてないんです。医師や看護士は手探りで患者と向き合っている。出来ることなんて、本当に限られているんです」
「それじゃあ、困るな」
俺はわざと怒った表情を作った。
「今度、いちど歌舞伎町に飲みに連れてってくださいよ」
「ああ、いーぜ。……あそこはな、見た目や職業はイカレたやつが多いけど、みんな必死でやってる。正常も異常もマイノリティもたいていは許容される、レンジのひろーいパラダイスだよ」
「ははは。医師として診断基準が変わりそうですね」
面談室を出て、俺は宮島医師と別れた。
階下に下り、建物の中庭に面したカフェテリアでI川を待つことにした。
ガラス越しに日差しを浴びながら、俺はセルフサービスのコーヒーを啜っていた。
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