
date: 2008年05月10日 | text : N島 縦 |RSS |
メディア掲載予告が、ひとつあるな。
週明け12日(月)朝日新聞のジョブウィークリーというページに、高木敏光のインタビュー記事が載る。文学を志していながら、そのセンスをネットコンテンツの世界に持ち込んだ彼の経緯が語られたとのこと。高木の創作論が垣間見られるかもしれんな。
出版パーティの回に書いたが、髪をシルバーにブリーチした後に撮影したものとしては、初めての掲載となるので、楽しみに待たれい。
では、I川物語の続きを……。
そこには、遊園地が描かれていた。
「………」
正確に言えば、遊園地をモチーフにした実験的な絵画だった。
大きな観覧車を中心にして、ジェットコースターやフライングパイレーツ、メリーゴーラウンド、空飛ぶ絨毯など、遊園地でお馴染みの大型遊具が、位置関係や縮尺を無視した構図でコラージュされていた。
時間帯は遊具のネオンが輝く夜なのだろうか。キャンバスは多様な色彩で彩られ、光の明滅と躍動し回転する遊園地の幻惑的なイメージが再現されていた。
人工的な光の世界を印象派的手法で再現したモダンアート、といった風か。モネ的手法で書いた山形博道の作品のようだった。
絵に詳しい訳でもない俺だが、完成度はそれほど低くないと思った。
「これは、T遊園なのか?」
俺は呟きながら、部屋の南側に面したベランダのカーテンを引いた。
東京の代表的遊園地といえるT遊園の影がみえた。
距離にして1.5キロほど離れているだろうか?テニスコートの向こう側に続く大きな木々の合間から、ぬっと突き出すように遊具施設の群れが立っていた。
影と言ったのは、既に閉演時間なのか、照明の明かさが乏しく、うっすらとした形状しか見えていなかったからだ。
その中でも、観覧車と思しき建造物が、コインほどの大きさで存在感を主張していた。
おそらく木立ちが遮蔽物となって、隣のリビングよりもこちらの部屋のほうが、よくその姿が見えると思われる。
彼女は窓からの景色に触発されて、この絵を描いたのだろうか?
それにしても……。
俺は部屋の隅に重ねて立ててあった他の絵を引っ張り出してみた。
数枚のキャンバスに同じ遊園地モチーフの絵があった。
そして床に置かれていた大きなスケッチブックには何枚にも亘って、観覧車やジェットコースター等の遊具のデッサンが試みられていた。
俺はもういちど、完成間近と思われる中央のキャンバスの前に立った。
気になるのは、この絵の中央に位置する観覧車の色だった。
構図の中心にあって、その放射上の骨格と円形が絵の求心的役割を果たしているにも拘らず、鈍い灰色と黄土色の混じったよう色彩で無機的に描かれていた。
そのため、周囲を埋めるコースターや木馬の飛翔し拡散するような鮮やかで動的なイメージと強烈に反して、その部分だけ時間と空間を止めてしまったような違和感を与えていた。
そう、この観覧車は動いていない。
俺は直感的にそういう印象を持った。
絵をじっと見つめていると、暗く動かない観覧車のせいで、中心にポッカリ開いた穴に渦を巻いて吸い込まれていくような感覚に襲われる。
俺はちょっと眩暈を感じ、絵から意識的に眼を離した。
木製の机は両側に抽斗を持ち、非常に立派な年代物のようだった。
横にある建築模型は、緑の茂る公園である周囲の環境を含めて再現された、とても精巧に出来たジオラマだった。
流線型の意匠デザインは美術館と図書館を併設したような多目的文化スペースだろうか。
正面にタイトルが入ったプレートを読むと
『○×市文化ホール……T野満男作』とある。
彼女の亡くなった父親の設計作品なのだ。
俺は書棚に眼を移し、同じ名前の入った大きな本を見つけた。
『T野満男作品集』
A3判ほどもある立派な造りの本で、定価も記されていた。
ケースから抜き出して中を見ると、立体模型と実際の建築物の写真が交互に登場するT野氏の仕事の見本集だった。
建築物の写真には『△△県立博物館』『□□市中央図書館』『○○市コンサートホール』などの名が並び、彼の仕事のクオリティが相当高く、業界でも確固たる地位を築いていたことをが判る内容だった。
俺は感嘆の溜息を漏らした。
「ただの設計屋じゃなく、一流の建築家じゃねえか……」
棚には他に、パースだけをを集めた資料集や、建築施工図面の冊子、各建造物ごとの広報物と思われるパンフレットなどが並んでいて、いずれも設計の欄には『T野設計事務所』の名があった。
建築や商業デザインの専門誌もたくさんあり、どれもT野氏のインタビューが掲載されているものだった。
記事の写真を見る限り、切れ長の目元とすっと通った鼻筋がI川今日子に似ている。
書棚の下から2段は、父親の仕事に関連する資料で埋められていた。
その上の3段は画集や写真集、美術系の評論集や画集などが収められていた。美大へ進学したという彼女の素養や学問の元となったものだろう。
フェルメールやレンブラント、ゴッホやスーラ、ルドンやムンクルオーやクレー、クリムトやシーレ、ダダ、シュールレアリスムの画家達から、ウォーホルからワイエス、バスキア……様々な時代の芸術家の作品群が居並んでいた。
この美術書の量だけでも、ちょっとしたセレクトショップが開けそうだな……。
二つある書棚のもう片方に眼を移すと、いちばん目立つ上から二番目の棚には「クリムゾン・ルーム」がこちらに表紙を向けて、まるで書店のディスプレイのように3冊ならべてある。その横に背表紙を並べて、同じものが7冊。
「おいおい、10冊もあるぜ……」
俺は思わず微笑んだ。
さらに横には「高木工務店」が2冊。DS版のゲームソフト「CRIMSON ROOM」もある。ここは高木敏光の棚なのだ。
そこから下の段は、小説や読み物、マンガやゲーム関連の本がぎっしりと並んでいた。少量だがDVDやゲームソフトも混じっており、こちらの棚は物語・エンタメ色が強い蔵書として分類されているのだろう。
ミステリー、推理小説、古典文学に混じって、心理学系の本もかなりの量が並んでいた。
恋愛小説やエッセイ等の軽いものは少なく、この書棚もどちらかというと硬派で男性的な嗜好が顕れていた。
中でも一番のシェアを占めているミステリー小説類は、ポーやコナン・ドイル、エラリィ・クイーン、ジョン・ディクスン・カーといった旧いものから、トマス・ハリス、P・コーンウェルといった新しい作家、キングやクーンツといったモダンホラーの作品までびっしりと並んでいる。
そのうち、ある一角を占めている本達に自然と俺の目が惹き付けられた。
そこに並ぶタイトルには明らかに共通点があり、その属性を主張していた。
「密室脱出ゲーム大全」「密室からの脱出トリック」「密室ミステリ案内」「密室名犯罪学教程」「密室殺人傑作選」「13の密室」……等々。
ゲームに関するものとミステリー小説に関するものが混じっていたが、明らかに‘密室’がキーワードだった。
I川は純粋に高木敏光のファンだと思っていたが、密室マニアでもあったのか……?
小説「クリムゾン・ルーム」の直接の出発点は、言わずと知れた高木作のネットゲーム「CRIMSON ROOM」である。
このゲームは、ネットゲームの世界で密室脱出ゲームのジャンルを確立し、その代名詞となった。沢山のフォロワーを生み密室脱出ゲームが数多く製作されるようになり、そのジャンルのマニアと言われる種族を生み、コミュニティが誕生した。
もっとも高木敏光にとって、密室脱出というカテゴリーに特に強い思い入れがあるというわけでは無いと思う。ネット上で誰もが簡単に取り組むことが出来て、それ故世界じゅうの人々が言語に関係なく楽しむことが出来るように、基本的な遊び感覚をくすぐるような楽しさを追求した結果のひとつが、「CRIMSON ROOM」だったのだ。
そのヒットにより、結果的に同様の密室脱出をテーマとするゲームが後に3つ生まれ、計4部作として完結する作品群となった。
その効果と余波が巡り巡って、今回、彼の文学的才能をもういちど小説という形で世に問うという舞台を提供することになった。
これが、小説「クリムゾン・ルーム」の出版に至るまでのユニークかつ運命的な流れである。
I川今日子が、密室脱出ゲームばかりでなく密室トリックを用いたミステリー小説にまで、ここまでの嗜好を持っていたというのは、彼女が絵を描き続けていたこと同様に、俺にとって意外な事実だった。
……だが、それもありなん。
俺はI川今日子の事を、実際何も知りはしないのだ。
俺の中でのI川は、回転の早い頭脳と天真爛漫な振舞いと、その美貌・美声でバリバリと仕事をこなすキャリアガールだったのだから。
入院の発覚以来、ここに至るまで次々と明らかになる彼女の真実のインパクトに、俺は軽く眩暈がする思いだった。
……だがI川は、どこに向かったのだろう?
病院から彼女が消えてから2時間余りしか経っていない。
その間、I 川はいったんここへ戻り、すぐにまた外へ出た。
そう遠くへはまだ行っていないはずだ。
今朝の電話でのやりとりが、遠い昔の出来事のように感じられた。
だが俺との会話から感情の乱れを起こし、夕方には病院を無断で飛び出してしまった。
彼女の精神状態を想像すると、心配するなというほうが無理というもんだ。
なんとしても、見つけなければ。
俺は、病院から移動してきたタクシー車内で掛けた携帯の履歴を呼び出し、もういちど彼女へコールしてみた。
……5回、6回、7回……。
コール音が続き、繋がる気配はなかったが、留守電にも変わらなかった。
俺は、諦めずにその音を聴き続けた。
「N島さーん、どうですか?」
玄関のほうから管理人の声がした。
彼の存在をうっかり忘れていた。痺れを切らしたようだな。
俺はいったん、電話の切ボタンを押そうと耳から離しかけた。
そのとき、コール音が途絶えた気配があった。
慌てて携帯を耳元に戻す。
「………」
声はしなかったが、やはり、繋がっている。
電話に出てくれたのだ。
いいぞ。
風の流れる音と共に、微かに音楽が聴こえている。
どこかの飲食店か?
「おい、I川……I川!」
「……助けて」
「落ち着け。どこにいるんだ?」
「誰か、助けに来て……!」
涙声で、声色も少し変だ。
ガシャーン、ガコン。
彼女の背後で、大きな金属がぶつかり合うような音がした。
どこかの建築現場か?
いや、日没後こんなに暗くなって作業をしている現場など無いはずだ……。
「どうしたんだ!しっかりしろ。なにがあったか言えるか?」
「死んじゃう、早く誰か……お願いだから、」
「死ぬ?バカ言うな、俺が行くまで待ってろ」
「………」
途切れ途切れに聴こえるムード音楽のようなBGMの正体が解らず、イントロクイズのようにもどかし気分になった。
「とにかく!……俺が行くまで、待て。じっとしてろ。死ぬのは最悪だぞ!」
俺は必死で喋る。とにかく電話を切らせずに、居場所を訊きださなければ、という思いだった。
「……あたし、じゃないの」
「……!?」
「……誰も、助けてくれなかった」
あとは涙で声にならない。
声の合間から聴こえる緩やかな旋律の音階がやっと線を結び、メロディーを形作った。
わかった!
これは「蛍の光」だ。
同時に、俺は閃いた。
遊園地だ!
彼女は閉演間際の『T遊園』にいるのだ
俺はもういちどベランダへ寄り、遠くに見える観覧車の影を確かめると
「そこにいろ!俺も行くからな?」と呼びかけ、携帯電話を握り締め、玄関にとって返した。
「T野さん、いるんですか?」
管理人がポカンと口を開けている。
俺はかぶりを振って
「ここ、閉めといてくれ!居場所がわかったんだ」
と言い捨て、廊下へ飛び出した。
ここから、T遊園まで1.5キロ──。
待ってろ、I川今日子。
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